2018年07月14日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第二章05


 アーバー子爵邸で夜会が催される日。
 カタリーナ、ルイス、テッドの三人はひとつの馬車で子爵邸へ向かった。
 となりに座るルイスも、向かいの席にいるテッドも窓の外ばかり眺めていてなにも話さない。

(ふたりとも、どうしたのかしら……?)

 今朝は彼らふたりでなにやら話し込んでいるようだった。もしかしたら今朝、ふたりは喧嘩してしまったのかもしれない。
 困り顔になっているカタリーナを見てルイスは微笑を浮かべて言う。

「カタリーナ、そのドレス……よく似合っているよ」
「えっ? あ、ありがとうございます」

 淡いピンク色を基調にしたこのドレスはルイスが仕立ててくれたものだ。
 テッドは窓の外を見るのをやめてカタリーナに視線を移す。

「たしかに似合ってるけど……最近の流行はもっと胸もとが開いているよね。谷間が少し見えるくらいには」
 カタリーナのドレスの胸もとは谷間の上まできっちり花とレースに覆われている。
 ルイスがわずかに眉をひそめる。

「流行りに乗ればいいというものではないだろう。カタリーナに似合うかどうかが重要だ」
「流行りのドレスだってカタリーナは着こなせると思うよ? 兄さんはただ、カタリーナに胸もとが開いた誘惑的なドレスを着てほしくないだけでしょ。まったく、過保護なんだから……」

 ルイスの眉間のしわが深くなる。

「――なんだと?」

 義兄の低い声を聞いて、ぞくっと悪寒が走る。テッドも同じことを感じているのか、いっきに表情が硬くなった。ルイスはめったなことでは怒らないが、それゆえに怒りを買うと恐ろしいのだ。
 八年前、実父のボードマン男爵が自分を引き取りたいとやってきたときはじめて、ルイスの憤ったさまを目にした。
 なかば脅迫的な物言いをして「カタリーナは返さない」と主張するルイスは人が変わってしまったようだった。優しい彼しか知らなかった十歳のカタリーナには衝撃的な豹変ぶりだった。
 もちろん、ルイスには実家に帰りたいかどうか確認された。ブレヴェッド侯爵家にあずけられて五年が経っていたから、ルイスやテッド、侯爵夫妻への情が生まれていた。カタリーナ自身も、侯爵家を離れたくなかった。

(でも、私のためにあんなに怒ってくれたのだと思うと――)

 いまでも胸が締めつけられる。
 だからもう、彼のあんな姿は目にしたくない。早々に話題を変えなければ。
 カタリーナは両手を胸の前でパンッと叩いて「そういえば!」と言った。
 険しい顔をしたルイスとテッドがいっせいにこちらを見る。

(どっ、どうしよう……なにも思いつかない)

 カタリーナは「あの、ええと」と言いよどみながら必死に話題を考える。

「ロナウドさまの新しい事業って、なんなのかしら……?」

 やっとの思いでそう言うと、

「それはこのあいだの茶会で彼から聞いたじゃない」

 テッドが「やれやれ」とため息をつく。
 ルイスはというと、あいかわらず不機嫌そうだったもののそれ以上はなにも言わず、ふたたび窓の外を眺めはじめた。怒ってはいないようだった。
 カタリーナはホッと胸を撫でおろしたあとで「そうだったわね」とつぶやいた。

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2018年07月07日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第二章04


 カタリーナは上の空で「そうですね」とつぶやく。
 ルイスがカタリーナの顔をのぞき込む。

「カタリーナ、どうかした? なんだか元気がないね」
「そっ……そうですかっ!? 元気です、とても」

 この上なく麗しく、文句のつけようのない顔がすぐ目の前にある。ドクッと大きく胸が鳴る。

「そう……? 茶会で疲れたのかな。もう休もう」

 ルイスがベッドに横になったので、カタリーナも彼に倣う。

「……今日は、なんだか遠いね?」
「へっ!?」

 いつもなら隙間なくルイスに寄り添うカタリーナだが、今夜はどういうわけか人ひとりぶんの隙間が空いていた。

「おいで、もっとそばに」

 ルイスが両手を広げる。
 その腕にいつまでも抱かれていていいのだろうかと疑問に思った。

(ロナウドさまは、領地の視察は妻となる人が同行すればよいとおっしゃっていた)

 お互いにもう子どもではない。兄妹といっても血のつながりはない。こうしてベッドをともにすることも、伴侶でもないのに――本当はおかしいのではないかと以前から考えてはいた。
 ただ、彼のそばで眠ることが習慣になってしまっていたし、なにより安心してよく眠ることができるのだ。
 ルイスが王城へ上がるときは邸を留守にするので、ひとりで寝る夜もある。そういう日は決まって、安眠とは程遠い。それを知っているのか、ルイスは領地の視察など同行できるところなら一緒に連れて行ってくれる。

(おにいさまに、一緒に寝るのはやめようと言われるまで――)

 それまでは、そばにいたい。
 カタリーナはベッドの上でゴロンと寝返りを打ってルイスとの距離を詰めた。

「おっと」

 あまりにも勢いよくカタリーナが転がってきたからか、ルイスはいささか驚いているようだった。
 寝返りを打って彼の胸に飛び込んだのは子どもっぽかっただろうか。ルイスは「やれやれ」といったふうに笑っている。

「おやすみ、カタリーナ」

 ちゅっ、と頬に柔らかなキスをされると、またしても胸がトクッと跳ね上がった。先ほどから自分はいったいどうしてしまったのだろう。

「お、おやすみなさい」

 くちづけられたところを中心に、頬に熱がこもっていくのがわかる。

(どうしよう、きっと顔が真っ赤になってるわ)

 そう思うとますます熱が立ち上り、耳までじんっと熱くなった。

「カタリーナ? もしかして熱でも……」

 ルイスが身をかがめ、額を突き合わせてくる。

(ちっ、近い……!)

 こんなふうに熱を確かめられることはしばしばあった。はじめてされたわけではないのに、心臓はバクバクと早鐘を打っている。

「あの、本当に大丈夫ですからっ! おやすみなさい、おにいさま」

 カタリーナは早口でそう言ってベッドに突っ伏すようにして顔を隠し、目を閉じたのだった。

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2018年07月06日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第二章03


 「私の顔になにか?」と尋ねるべきか、迷う。

「ね、ねぇっ、お兄様。夜会へのお誘いをしないと」

 メアリーが言うと、ロナウドは思い出したように「ああ」と言い、上着の内ポケットから白い封筒を取り出した。

「新規事業が軌道に乗ってね。祝賀夜会を開くから、きみたちにもぜひきてほしい」

 テッドがロナウドから招待状を受け取る。

「それはおめでとうございます。ぜひ出席させていただきます。なぁ、カタリーナ」
「はい、もちろん。おめでとうございます」

 それからはたわいのない世間話や、テッドの留学中の話でおおいに盛り上がった。
 そうしておひらきの時間となる。テッドとカタリーナはゲストのふたりを玄関先まで見送る。

「次は私ひとりでくるわ。そのとき、もっとたくさんお話ししましょうね」

 ロナウドが馬車に乗るなりメアリーがそう言った。カタリーナはこくこくと何度もうなずく。
 メアリーたちを乗せた馬車が見えなくなったころ、カタリーナはテッドを問い詰める。

「ねえ、私に縁談がきてるって……本当なの?」

 するとテッドはいかにもギクッとして顔を引きつらせた。

「さ、さぁ……そうなのかなぁ? 僕もよく知らないよ。さっきは話を合わせただけ。だから、詳しいことはルイス兄さんに訊いて!」

 テッドは逃げるようにその場をあとにしてしまう。

(おにいさまに尋ねづらいから、テッドに訊いたのに)

 そこでハタと気がつく。なぜ義兄には縁談のことを尋ねづらいのだろう。
 自分自身に関することなのだ。先ほどテッドに言ったのと同じことを尋ねればよいのに、気が引けてしまう――。


 カタリーナはいつものように枕を持ってルイスの寝室へ向かう。
 今夜はどうしてか、妙に緊張している。
 ルイスの寝室の扉をノックしてなかへ入る。義兄はいつもとなんら変わりなくベッド端に腰掛けていた。
 カタリーナはうつむきかげんにベッドへ向かい、ルイスのとなりに座る。

「今日は茶会に同席できなくてすまなかったね」

 カタリーナは前を向いたまま小さく首を横に振る。

「いいえ……。おにいさまはお忙しいから」
「それで、茶会はどうだった?」
「ええと――」

 これは絶好の機会ではないか。「私に縁談がきていると聞いたのですが」と話を切り出せばよい。

「ロナウドさまの事業が軌道に乗ったそうなので、祝賀夜会を開かれるそうです。私たち全員、出席してほしいとのことでした」

 頭で考えていたのとはまったく違う話題を口にしてしまった。ルイスは「それは喜ばしいことだね」と言ったあと、「ぜひみんなで出席しよう」と言葉を継いだ。

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2018年07月01日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第二章02


 メイドが紅茶を運んできて、和やかに談笑がはじまる。

「兄ですが、商談が長引いているようで……この場には顔を出せないかもしれません」

 テッドがルイスの不在を詫びると、ロナウドは「それは残念だが、商談ならば仕方のないことだ」と言葉を返した。

「ところで、ルイスはなぜ縁談を片っ端から断るのだろう」

 ロナウドはカタリーナのほうを見ながら言った。
 ロナウドにしてみればルイスは上位の貴族だが、ふたりは年齢が同じということもあり寄宿学校時代からの親友だ。互いに名前で呼び合っている。

(ええと……私が答えるべき、なのよね?)

 テッドはルイスが縁談を断る理由を知らない。

「おにいさまは、いまは仕事に集中したいとおっしゃっていました」

 するとロナウドは翡翠色の瞳をすうっと細めた。

「ちがう、きみへの縁談だ。ごまんと舞い込んでいるのを――もしかして、知らないのか?」

 テッド、メアリー、そしてカタリーナは驚いて目を丸くする。テッドとメアリーも、ロナウドが言っているのは「ルイスへの縁談」だと誤解していたようだった。

「わ、私への縁談……ですか?」

 そんなもの、あるのだろうか。
 しかし、ロナウドが嘘や冗談を言っているとは思えなかった。昔から、たしかなことしか口にしない人だ。
 カタリーナは返答に困り、テッドに目配せをして助けを求める。
 テッドは「ああ、ええと」と言いよどんだあとで、

「カタリーナには領地の視察に同伴するなど兄を手伝ってもらっています。それで、兄はカタリーナの助けが必要で……彼女をまだ手放したくないのかと、思います」

 カタリーナはきょとんとして目を瞬かせる。

 (そ、そうだったの?)

 領地視察のとき自分はいつもオマケのようなもので、ルイスにしてみればせいぜい話し相手くらいにしかなっていないような気がする。

「領地視察の同伴、ね……。それは、ルイスの妻となるべき方がなさればよいことでは?」

 サロン内がしいんと静まり返る。だれもなにも言葉を発しない。

「や、やあね、お兄様ったら! ブレヴェッド侯爵様には侯爵様のお考えがあってのことなのよ。お兄様が口を出すことじゃないわ。ごめんなさいね、カタリーナ。それにテッド様も。どうかお気になさらないで」

 取り繕うように言ったのはメアリーだ。笑顔が引きつっている。

「そうだな、出過ぎたことを言った。すまなかった」

 悪びれたようすもなく涼しい顔で紅茶を飲むロナウドを、三人はつい見つめる。皆の注目を集めていても、ロナウドは表情を変えずにティーカップをソーサーへ戻し、それからなにを言うでもなくカタリーナに視線を据えた。

(な、なにかしら……?)

 なにかおかしなところでもあるのだろうか。いや、それならば先にメイドやテッドが気づいて教えてくれるはずだ。

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2018年06月30日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第二章01


 カタリーナはうきうきと心を躍らせながら侯爵邸のサロンでメイドが花を飾るのを手伝っていた。
 これからこのサロンで小さな茶会を催すことになっている。ゲストは、日ごろから懇意にしているアーバー子爵令嬢とその兄だ。

「――やぁカタリーナ、張り切ってるね?」

 ゲストが到着する前にやってきたのはテッドだ。今日の茶会は彼の帰国祝いも兼ねているものの、前座のようなものだ。いずれはこの邸のホールにもっと多くのゲストを呼んで盛大な夜会を開き、テッドの帰国祝いをすることになるだろう。

「だって、今日はメアリーに会えるんだもの」

 アーバー子爵令嬢のメアリーとは年齢も、住んでいる場所も近い。気兼ねなくなんでも話ができる、いちばん仲のよい友人である。
 今日はメアリーだけでなく彼女の兄も一緒にくるらしい。アーバー子爵令息ロナウドはルイスと同い年の二十五歳だ。父親の事業を手伝っているのでいつも多忙だと聞く。

(ロナウドさまが私くらいの年齢のときはよくお会いしていたけれど)

 ここ数年は茶会や夜会でも顔を合わせることはほとんどなかった。今日はテッドの帰国祝いを兼ねているから、それで都合をつけてくれたのかもしれない。
 テッドはカタリーナが飾りつけを終えたばかりのテーブルの席につく。

「あぁ、そうそう。ルイス兄さんは来られなくなったってさ。商談が長引いてるみたい」
「そうなの?」

 カタリーナは表情を曇らせてテッドのとなりの椅子に座る。

「そんなに残念そうな顔をしないでよ。カタリーナはホント、兄さんにべったりなんだから……。今日は一応、僕が主役なんだからね?」
「えっ? ええ、そうね。ごめんなさい」

 自分ではそれほど残念がっているつもりはなかったのだが、テッドにはそう見えたらしい。
 それから間もなくして、アーバー子爵令嬢メアリーとその兄、ロナウドがサロンへとやってきた。

「おふたりとも、ようこそおいでくださいました」

 テッドがにこやかにふたりを迎える。

「お忙しいところ、お越しくださりありがとうございます」

 カタリーナもまたテッドのあとに歓迎の言葉を述べた。

「こちらこそ、お招きいただき感謝する」

 ロナウドが言った。メアリーは小さく手を上げてカタリーナに挨拶をする。カタリーナも同じように手を小さく上げて合図を返した。ふつう貴族令嬢はこのようなことはしないが、ここにはいま身内ばかりなのでよしとする。
 メアリーはカタリーナの向かいに、ロナウドはテッドの向かいの椅子に腰掛けた。
 メアリーとロナウドはよく似ている。ふたりともまばゆく輝かんばかりのつややかな銀髪に鮮やかな翡翠色の瞳を持ち合わせている。身長や男女の骨格の差がなければ本当にうりふたつなのではないかと思う。

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