2017年07月22日

秘されし、その甘やかな救済 第三章15


「もちろん、きみがよければ――の話だが」

 ラティーシャは口を開きかけ、しかしすぐに閉じて代わりにこくりとうなずいた。「もちろんいいです」などとはっきり答えてしまうのはどうにも恥ずかしい。しかしながら、彼と触れ合いたいという欲求があるのは確かだった。

「本当に?」

 両の手のひらを手で覆われる。マティアスの手は熱く、その熱が伝わってきたせいかラティーシャの頬もまた温度を上げる。

(うなずくだけでは、だめなのね)

 肯定を言葉にするのは恥ずかしいけれど、きっと必要なことだ。

「……はい。神に誓って」

 か細い声であってもこの空間ではどうしてか大きく響く。ああ、はやり恥ずかしい。
 羞恥の色に染まったラティーシャの耳をマティアスは嬉しそうに甘噛みする。

「ひゃっ!」
「……すまない、つい」

 マティアスが大きく息を吐く。耳朶をくすぐる吐息がくすぐったい。

「きみの全身を舐めまわしたい。知らないところはないというくらいに舌を這わせて肌を確かめたい」
「そ、そんな……! それは、さすがにちょっと」
「……だめなのか?」

 眉尻を下げて悲しそうな顔をしている彼を目の前にすると何だか申し訳ない気持ちになってくる。

(でも……全身を舐めまわすだなんて!)

 想像しただけでも恥ずかしくてたまらない。ラティーシャは耳まで赤く肌を色づかせてうつむく。

「では、ここをいじるだけにしておこう」
「――っ、あ」

 長衣の上からふくらみの先端を押される。ラティーシャは肩をすくめた。神に誓ってしまったからには、いくら恥ずかしいからといって彼の手を払いのけるようなことはできない。

「ん、ん……ッ」

 探るような手つきで長衣越しに敏感ないただきをくすぐられる。ラティーシャの口から漏れ出る声はわずかだったが、ここではやけに響く。四方から聞こえる自身の声がまた羞恥心をいっそう煽って、双乳のいただきを過敏にさせる。

「尖りきっているのが服の上からでもよくわかる……。俺にこんなふうにされて気持ちがいいか?」
「ぅ……ん、んぁっ……!」

 ラティーシャはあわてて口を押さえた。声の反響がすさまじいせいで、妙な背徳感が増す。

「神は認めているんだ。気にしなくていい」
「そ、そういうことでは……ぁ、あっ」

 いつの間にかマティアスの手が長衣の裾から中へと侵入していた。大きな手のひらが素肌を這い上がり、ふくらみを撫でて薄桃色の部分を手探りする。
 そうして肌に触れられるだけでもあらぬところが疼いてくる。それなのに、いただきに触れるか触れないかのところをすりすりと擦り立てられるのだ。下半身のくすぶりが瞬く間に大きくなる。
 彼のほほえみが艶を帯びる。細くなった瞳が情欲をたぎらせて底光りしているような気がした。

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2017年07月16日

秘されし、その甘やかな救済 第三章14


 まばたきをした一瞬で景色が一変した。

「――っ!?」

 ラティーシャはきょろきょろとあたりを見まわす。足をつけているのは地面ではない。もし雲に乗ることができたなら、こういう心地なのだろう。ふわふわとした白い床は見た目には空に浮かぶ雲そのものだ。目の前には床と同じベッドらしきものがある。
 ――この世のものとは思えないほど神秘的な空間だ。いや、ここはこの世ではないのかもしれない。どこまでも広がる白い雲は天上の世界だと説明されてもうなずける。
 かたわらにいるマティアスもまた驚いているようだった。膝を折り、白い床を興味深そうに手のひらで押している。

『空の上で思う存分、はじけちゃいなよ! ラティーシャッ、素直になってねー!』

 彼の姿は見えず、声だけが響いた。それきり、あたりは静寂に包まれる。

「ここは……彼の寝室なんだろうか」

 マティアスがぽつりとつぶやいた。

「そうかもしれませんね」

 まるで小さな空間にいるようだった。さほど大きな声を出したわけではないのに、やけに響く。
 マティアスはゆっくりと歩き、ベッド端に腰かけた。ラティーシャも彼のあとに続く。白い床は歩くと弾むように足を押し返してくるので、少し歩きづらい。

(……アドニスさまはきっと何でもお見通しなんだわ)

 マティアスのとなりに腰を下ろしたラティーシャは意を決する。神言にしたがい、自分の気持ちを正直に吐露する。

「わたし、恋をしています。……マティアスさまに」

 ラティーシャはふかふかの白いベッドに手をついて身を乗り出し、マティアスの顔をのぞき込む。

「あなたのことを想うと、胸が締めつけられるんです」

 マティアスの表情は少しも変わらなかった。碧い瞳は見開かれたまま動きを止めている。ただ、顔色だけが変化した。

「――っ」

 頬を真っ赤に染めたマティアスは手で口もとを覆ってラティーシャから目をそむけた。そんな彼の反応に、ラティーシャは不安になる。困らせてしまっただろうか。
 マティアスは視線をさまよわせたあと、ためらいを見せながらラティーシャの瞳を見つめた。

「さっき、祈りの間で……きみは、俺に救われてばかりだと言っていたな」

 口を押えるのをやめてマティアスは体ごとこちらを向く。

「だが、そんなことはない。俺だって、きみに救われているんだ」

 白いベッドにあったラティーシャの手をそっと覆い、マティアスはほがらかにほほえむ。

「マティアス、さま」

 意味もなく名前を呼んでしまった。彼の手が触れているところに全神経が集中している。異様なまでに意識してしまっている。

「さて……神の厚意に甘えるとするか」

 彼のほほえみが艶を帯びる。細くなった瞳が情欲をたぎらせて底光りしているような気がした。

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2017年07月15日

秘されし、その甘やかな救済 第三章13


「わ、わたし……っ。マティアスさまには救われてばかりだな、と――」

 ぼろぼろととめどなく涙をこぼすラティーシャをマティアスはおろおろとしたようすで見守る。

「俺にできることなんて……たかが知れている」
「そんなことありません」

 目もとを押さえたままラティーシャはぶんぶんと首を横に振る。

(涙が止まらない)

 なにに対して涙を流しているのか自分でもわからなくなってきた。祈りの間を再建してくれたマティアスに対して、感謝だけでなくほかの――よこしまな感情を確かに抱いている。この想いの正体は、もうわかっている。

「……ラティーシャ」

 名を呼ばれたので顔を上げると、彼の手がこちらに向かって伸びてきていた。その手はそのままためらいがちに肌に触れ、目じりの涙をぬぐう。濡れた指先が頬を伝う。そのあとの行為を予告するかのように、指は唇をたどる。
 ラティーシャは目を閉じようとした。

『ひゅーひゅー!』

 閉じかけていた目をあわてて見開く。

「い、いま……声が」
「ああ、俺にも聞こえた」

 声がしたほうをふたりして振り返る。

『やっっっほーーー!!』

 そんな能天気な掛け声とともに石の陰から現れたのは、背中に羽根が生えた――小さなクマだ。萌黄色の小さなクマはふたりのあいだをすり抜けてぐるぐると体を回転させながら宙を舞う。

「えっと……どちらさまでしょうか」

 ラティーシャはいぶかしげに尋ねた。聞き覚えのある声に、おなじみの言動はどう考えても『彼』だが、見目があまりにも違いすぎる。

『やだなぁ、僕だよぅ! ア・ド・ニ・ス! 眠ってるあいだにイメチェンしてみたんだ。どう? かわいらしいでしょ?』
「そ、そうですね……。かわいい、です」

 ちょこまかと動きまわる羽根の生えたクマは確かにかわいらしいが――それが『神』だとは到底思えない。むしろそうだとは信じたくない。せめてもっと神々しくあって欲しいなどと思うのはわがままだろうか。
 アドニスはくるくるとまわりながらふたりを交互に見やる。その瞳はつぶらで、まるでぬいぐるみのようだ。

『いい雰囲気のところ、邪魔しちゃって悪いねぇ。でもなんだか、僕が死んだことになっちゃってるみたいだからさっ!』
「いいえ……戻ってきてくださってありがとうございます」

 なにはともあれ、彼が無事でよかったと安堵する。神の再来だ。

「アドニスさまともっとお話ししたかったと――ひどく後悔していたんです」
『むふふ、そっかそっか。ありがとねっ、ラティーシャ。でもお邪魔しちゃった償いはするからねっ! それーっ!』

 萌黄色の小さなクマが短い手を左右にめいっぱい広げる。

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2017年07月09日

秘されし、その甘やかな救済 第三章12


 この世から神が消えて数週間が経った。
 ラティーシャは相変わらず神殿であわただしく奉仕をする毎日だった。しかしどうしても、以前よりもやる気が出ない。神の確固たる存在を知る前と、消えてしまったことを知った今では心持ちが違う。神はいなくなってしまったとわかっているのに、巡礼者に対して「神のご加護を」と言うのが苦痛だった。

「――ラティーシャ」

 不意に呼びかけられ、ラティーシャは思わず持っていたフォークを皿の上に落とした。

「あっ……。申し訳ございません」

 落としてしまったフォークをそそくさと拾い上げ、ラティーシャは真向かいに座るマティアスを見やる。彼はあからさまに浮かない顔をしていた。

「先ほどから食が進んでいないようだが」
「す、すみません……少し考え事をしていて」

 マティアスの眉尻がますます下がる。

「きみの考え事は、神のことか?」

 ラティーシャは小さくうなずいて、そのままうつむいた。そんな彼女をマティアスはじいっと見つめる。

「……今日は、きみと一緒に俺も神殿へ行く」


 マティアスとともに神殿へ出仕したラティーシャはなにも聞かされないまま神殿の奥へとマティアスとともに歩いた。

(祈りの間へ向かっているのかしら……。でも、どうして)

 もはやそこはだれも立ち入らない場所だ。神が存在しないとわかって、巫女たちは祈りの間を訪れなくなった。

(ううん。でも……祈りを続けていればアドニスさまは戻って来てくださるかもしれない)

 あきらめてしまうのは時期尚早なのかもしれない。

「あの、マティアスさま。わたし、まだあきらめないことにします」
「ん? ああ、そうだな。俺も、まだあきらめてはいない」

 そう言いながらマティアスはいつかのように祈りの間の扉を押し開けた。

「――!」

 ラティーシャは息をのむ。
 跡形もなくなっていたはずの祈りの間が、以前の姿を取り戻していた。それどころか、以前にも増して神々しく輝いている。
 中央の黒い石は囲む支柱には精緻な薔薇模様がほどこされ、無骨だった石はいまや立派なモニュメントだ。天井に開いていた穴にはガラス窓がはめ込まれている。石を囲んで地植えされた萌黄色の蔓薔薇は、天窓から降り注ぐ陽光を受けて美しく花を咲かせている。

「祈りの間を再建すれば、彼が戻って来てくれるかと思ったんだが……。そう上手くはいかないか。ほかにも手段を考えてみよう」

 ラティーシャはしばらくなにも言葉を発さず、すっかり輝きを取り戻した祈りの間をひたすら見つめていた。

「――おい、なぜ泣くんだ」
「え……」

 マティアスに言われて初めてラティーシャは自身の目から涙がこぼれていたことに気がついた。あわてて目もとを指でぬぐう。

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2017年07月08日

秘されし、その甘やかな救済 第三章11


「いや……このようすでは、俺の助けは不要だったようだ。きみ、平気か?」

 マティアスはレイヴンの足の怪我を見て眉根を寄せる。レイヴンはただうなずいただけだった。その顔色は青い。

「ラティーシャは? 怪我はないか?」

 立ち尽くすラティーシャの肩に触れようとして、しかしマティアスはそうしなかった。彼女の体を控えめに見まわし、怪我がないか確認する。

「私は平気です。どこも怪我はしていません」

 怪我は、していない。しかし先ほどは本当に恐ろしかった。神殿が崩れかけたことではない。レイヴンにされそうになったことを、このままうやむやにはしたくない。
 ラティーシャは床に座り込むレイヴンを険しい顔で見やる。

「あなたが私にしようとしたこと、神殿長の前で告白してくださいますか」
「……ああ」

 すっかり意気消沈したようすでレイヴンは返事をした。

「この怪我は、天罰かもしれない」

 悲痛な面持ちでレイヴンは続けてつぶやく。どうやら彼にも信仰心があったらしい。

「そう――天だ。さっき、空からなにかが落ちてきたんだ。神殿をめがけて」

 そう言うなりマティアスは慌てたようすで祈りの間の扉に手をかけた。祈りの間への扉を勢いよく押し開く。

「これは、いったい――……」

 そこは様変わりしていた。かつての様相は微塵も残しておらず、跡形もなくなっていると言っていい。ただひとつ存在しているのは、大きな塊。いびつな形の黒い石が、祈りの間の中央に鎮座している。
 蔓薔薇が活けられた花瓶は、どこにも見当たらない。ラティーシャは祈りの間の端から端までくまなく視線を走らせて神の姿を捜した。
 震え声で「アドニスさま!」と呼びかけてみるものの、いつものお気楽な声は返ってこない。
 マティアスは腕を組み、眉根を寄せてあごに手を当てた。

「……神殿が総崩れしなかったのは、アドニス様がこの祈りの間で空から落ちてきたこの石を受け止めてくれたからかもしれない。落下の衝撃を、この部屋だけにとどめたんだ。この扉の内外で差がありすぎる」

 片や、黒い石をのぞけばまっさらな空間。片や、祈りの間の外は天井の一部が剥がれ落ちた程度だ。

「そんな……。では、アドニスさまは?」

 ラティーシャはすっかり姿を変えた祈りの間へと駆け出し、黒い大きな石のうしろへ回り込んだ。しかしやはり、彼の姿はない。

「アドニスさま……」

 言いようのないなにかが込み上げてくる。彼とは――神とはついこのあいだ知り合ったばかりだ。まだまだ話し足りない。

(こんなことなら、マティアスさまのことをお話ししておけばよかった――)

 恥ずかしがって口をつぐんでいたことをひどく後悔する。
 ラティーシャは淡い期待を込めてもう一度だけ「アドニスさま」と呼びかけた。
 その声は、空虚な祈りの間に物悲しさをともなってこだまするばかりだった。

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