2019年02月16日

氷の王子は花の微笑みに弱い 第一章09


 とたんに、物憂げだったサディアスの表情が晴れやかなものに変わった。

「でも、全身――は、ちょっと……」

 釘を刺しても、サディアスは嬉しそうなままだった。

「では、どこまでならいい?」

 微笑みをたたえて、サディアスはアリアの耳や首、鎖骨を撫でたどり、彼の両手は下方へ向かう。

「……ここは?」

 ドレスの胸もと、ふくらんでいる部分を手のひらで覆われた。

「っ……!」

 アリアが声にならない驚嘆を示すと、サディアスの片手がさらに下降した。

「こっちは……?」

 ドレスの上から脚の付け根をそっとさすられる。

「だ、だめですっ……!」

 そこが熱を持っていることを知られたくなくてすぐにそう言うと、サディアスは一瞬だけだが不満そうに唇を引き結んだ。

「……アリア」

 すがるようにぎゅうっと抱きしめられる。
 アリアは彼の背に腕をまわして、やんわりと抱きしめ返した。
 背中に違和感を覚えた。なにかがモソモソと動いている。振り返ってうしろを見やれば、サディアスの両手が背の編み上げ紐を解いているところだった。

「あ、あの……」
「うん?」
「なぜ、私に……その、さわりたいのですか?」

 サディアスの肩がピクッと弾んだ。編み上げ紐を解く手が止まる。アリアの肩に頬をくっつけて、顔が見えないようにして彼は言う。

「愛しいから」

 とてもとても小さな声。
 もしもぼうっとしていたら、聞き逃していたかもしれない。
 しかしいまはなにもかもが過敏だ。五感のすべてが、サディアスに向けて研ぎ澄まされている。
 耳は彼の小さな声を聞き、瞳は彼の赤くなった頬を捉え、鼻は彼のほのかに甘い匂いを嗅ぎ、両手は彼の温かな体を感じる。

「ふっ……!」

 唇を塞がれた。深いくちづけにより、舌は彼の熱をまざまざと知る。
 口腔で暴れまわる舌に気を取られているあいだにドレスはすっかり乱れて、コルセットと一緒くたにずり下がり、上半身を隠すものはシュミーズだけになっていた。

「んっ、んん」

 最後の砦であるシュミーズの胸もとを押さえたのは反射だ。嫌だとか、不快だとかそういうことではなく、ただただそこを見られるのが恥ずかしい。
 サディアスは大きく息を吐きながら唇を離し、懇願するように「アリア」と呼びかけて彼女の両手首をつかんだ。
 強い力でそうされているわけではないのに、熱い手で触れられるととたんに力が入らなくなって、胸の守りが崩れる。
 シュミーズの肩紐が下へ落ちていく。乳房が、彼の目にさらされる。
 サディアスの視線が胸に集中している。うっとりとしたようすでそこを見つめている。
 アリアは彼の視線の先にあるものを隠したくなった。しかしそうはさせまいとしているのかサディアスに両手をつかまれていた。

にほんブログ村 恋愛小説(愛欲)に投票

前 へ l 目 次


2019年02月09日

氷の王子は花の微笑みに弱い 第一章08



「きみに、堂々と話しかけることもできない己が不甲斐ない……」

 ――でもそれはきっと、私のため。妬み嫉みの的になるから。

「このままではいけないと、思っている。きみはもう……年頃だ」

 頬ずりをされ、触れ合う肌が熱を持つ。

「近いうちに必ず事を起こす。待っていてくれ」

 耳もとで、吐息まじりの低い声を紡がれた。脇腹のあたりがぞくぞくっと戦慄≪わなな≫き、またしても下半身に熱溜≪ねつだ≫まりが生まれる。

(これって、もしかしたら……はしたないことなのかも)

 いけないことなのかもしれないと思えば思うほど、下半身――脚の付け根に熱が集まっていく。それを、自分ではどうすることもできなかった。
 いつの間にかサディアスが顔を上げてこちらを見ていた。
 アリアは頬を赤らめて視線をさまよわせる。
 惑うアリアを導くようにサディアスは彼女の赤い両頬をつかんだ。
 彼の長いまつ毛が目の下に影をつくる。
 ちゅ、っと一回だけ唇が重なり合った。

「アリア……」

 今度は彼が、ためらいがちに視線をさまよわせる。

「……少しだけ、さわっても?」
「え――」

 アリアが目を見開くと、サディアスは彼女の頬に添えていた両手を上下させて肌をさすった。

「清廉なアリア≪空気≫を思いきり堪能したい」

 心臓を直接ノックされたのかと思うほど胸が高鳴った。そのままどきどきと激しく暴れはじめる。

「アリア? 返事を聞かせてくれ」
「さわる、とは……どこに」

 ぎこちない笑顔でアリアは訊く。

「……きみの、全身」

 サディアスはわずかにうつむき、唇をあまり動かさずにそう言った。碧い瞳が、一心にこちらを見つめてくる。
 アリアはぶんぶんと思いきり首を左右に振った。

(全身にさわる、だなんて――!)

 そうされているところを想像しただけで、全身から火が出てしまいそうだった。

「だめ? どうしても?」

 アリアはコクコクと素早くうなずいて拒絶を示す。
 サディアスは不満をあらわに唇を尖らせる。

「さわりたいにゃー」
「――!」

 下から顔をのぞき込まれた。ふたたび唇が触れてしまいそうな位置でサディアスはねばる。

「サ、サディアス様っ……! も、もう……っ!」

 あらぬ箇所がきゅんっと疼く。
 氷の王子様と呼ばれるこの男性≪ひと≫が、ときおりこんな言葉遣いをするのだと、ほかにだれが知っているだろう。

(だれにも、知られたくない)

 ――私だけが知っていたい。
 アリアはそっと、サディアスの上着の裾をつかんだ。

「……いい?」

 口を開きかけたものの、言葉で「イエス」を示すのは気恥ずかしくて、小さくうなずくだけになる。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2019年02月02日

氷の王子は花の微笑みに弱い 第一章07



「本当、サディアス殿下は今夜も氷のごとく冷ややかね」
「バーサ! 来ていたのね」

 アリアは声がしたほうを振り向く。
 リトルフ侯爵令嬢、バーサは幼い頃からの気の置けない友人だ。舞踏会だけでなく茶会でもたびたび顔を合わせる。
 バーサは扇で口もとを隠しながら小さな声でアリアに言う。

「でも、アリアの前では違うのでしょう?」
「う――……ん、もぅ……! バーサったら、からかわないで」

 扇の向こう側で彼女が口もとをほころばせているのがわかる。
 バーサにだけは、サディアスと逢瀬を重ねていることを話している。このところは会うたびに「なにか進展はないの?」と面白そうに訊いてくるので、少々困っている。

「やぁ、アリアにバーサ。きみたちは相変わらず仲がいいね」

 やって来たのは顔なじみの公爵令息だ。
 そのほかにも続々と貴族たちがやって来ては挨拶をする。
 アリアとバーサのもとにはいつも、男女問わず貴族たちが集い談笑する。舞踏会だが、そうして話をして過ごすことのほうが多い。

(でもいつか……サディアス様と踊ってみたい)

 チラリと段上を見やる。
 サディアスと、目が合ったような気がした。


「舞踏会は憂鬱だ」

 部屋に入ってくるなりサディアスがそんなことを言いだしたので、アリアは何度か瞬きをしたあとで「なぜですか?」と疑問を呈した。

「見えるところにきみがいるのに、話もできないから。昨夜の舞踏会も、息苦しかった……」

 サディアスは大きく息をつきながらソファに腰を下ろした。
 アリアとメイドは顔を見合わせる。

(今日のサディアス様はご機嫌ななめみたい)

 アリアが困り顔になると、メイドは手早く紅茶を淹れて部屋をあとにした。
 メイドが出て行くと、サディアスはソファの背もたれに体を預けて天井を仰いだ。あまり彼らしくない、だらけた振る舞いだ。

「私も、サディアス様とお話しできないのは……その、寂しいです」

 そう言いながら彼の隣に座る。

「そうだな……。きみは、下心のありそうな貴族の男どもと楽しそうに話をしていたな」

 ソファの背もたれに頭を載せたままのサディアスに仏頂面でジロリとにらまれ、アリアは苦笑いするしかない。

「きみの美徳は、男女問わずだれとでもすぐに打ち解けるところだ。だが、少し……妬ける」

 彼の左手が伸びてきて、首筋に触れる。

「きみはいわば、俺の空気なんだ」
「――!」

 アリアは継母の言葉を思い出してギクリと身をこわばらせた。
 そうとは知らないサディアスは話し続ける。

「そばにいてもらわなければ――俺は窒息死する」

 サディアスは身を起こし、両手でアリアの体を抱き寄せた。アリアの肩に顔をうずめてうなだれる。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2019年01月26日

氷の王子は花の微笑みに弱い 第一章06


 シンディは「はぁ」と、わざとらしいまでの大きなため息をついてアリアを見据える。

「ねえ、アリア。あなたが王太子殿下と懇意にしているってうわさを小耳に挟んだのだけれど、本当?」

 ドクンッと不穏に胸が鳴る。握りこぶしのなかにまで汗をかいた。
 アリアは笑顔のまま首を傾げる。質問には答えない。答えられない。

「あなたはすぐ、そうやって……笑顔でごまかすんだから」

 眉をひそめてシンディは言う。

「あなたの存在はその名の通りアリア(空気)≪空気≫よ。いてもいなくても、なんの変化もない。でも、もしあなたが王太子殿下の『特別』だとしたら――」

 不自然に言葉を切り、それきり彼女は黙り込んでしまった。
 寒いわけではないのに、背筋が凍る。悪寒のようなものがひた走る。
 シンディは無言で立ち上がり、部屋を出て行った。
 アリアは息をつき、ティーカップの紅茶に手をつける。少し冷めていたが、茶葉の甘みがよく出ていた。

「……私は、とても美味しいと思う」

 メイドに向かって微笑みかけると、彼女は申し訳なさそうな笑顔になって「ありがとうございます」と言った。
 笑顔には様々な種類があるのだと、最近になって気がついた。
 心からのもの。
 感謝を示すもの。
 その場を円満に乗り切るためのもの。
 悲しさを紛らわすためのもの。
 そして、自身を奮い立たせるためのもの。
 亡き母は最期まで笑っていた。そんな彼女を強く、気高い女性だと思った。
 ――だから私も、いつだって笑顔を絶やさない。


 城で催される舞踏会に出席するのは、これでもう何度目だろう。
 ロイド公爵家は王族の遠縁に当たるため、城で舞踏会や茶会が開かれる際は必ずといっていいほど招待を受ける。公爵邸が城に隣接しているのも、ロイド公爵家が王族に連なる由緒正しき家柄だからこそだ。
 いまは父親が病に臥せっているので、アリアとパトリックが社交の場に顔を出している。
 正装したアリアは兄のパトリックとともにクーデルライト城のダンス・ホールへ入った。
 ホールはすでに多くの貴族たちがひしめき合っていた。

(サディアス様は、と……)

 ホールに入るとすぐに、アリアは彼の姿を探す。
 今宵もやはり彼は上座にいて、人であふれ返るホールを淡々と眺めている。
 部屋を訪ねてくるサディアスとは表情がまったく違うから、はじめての舞踏会でホールの上段にいる彼を見つけたとき、彼によく似た人形なのではないかとつい疑ってしまった。
 それほど、いまのサディアスは無表情で、だれになにを言われても眉ひとつ動かさない。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2019年01月19日

氷の王子は花の微笑みに弱い 第一章05


 いまにも雨が降り出しそうなどんよりとした暗雲が広がるある日、アリアは公爵本邸の応接室にいた。

(お話って……なにかしら)

 継母のシンディに「話があるからすぐに会いたい」と言われて応接室で彼女を待ちはじめて三十分ほどが経った。
 シンディが自分に会いたがっていることはメイドを通して聞いた。つい一時間ほど前のことだ。

(私と会う約束を忘れてしまった……わけではないだろうし)

 だとすればなにかトラブルがあって、別棟からの到着が遅れているのかもしれない。
 アリアはソファから立ち上がり、応接室の窓から外を眺めた。
 天を覆う黒い雲を見つめていると、継母の話とやらがなにかよからぬことではないだろうかと不安に駆られた。
 応接室の扉が、なんの前触れもなく開いた。
 澄ました顔のシンディが部屋のなかに入ってくる。

「シンディ様。お待ちしておりました」

 アリアが笑顔で言うと、

「まぁ。私が遅れたことに対する嫌味かしら?」

 と返されたので、あわてて「いいえ、そういう意味ではございません」と否定した。
 シンディが父親の後妻になって二年が経つが、住まいが離れているせいで彼女と顔を合わせる機会はそう多くない。ゆえに、アリアは彼女の人となりがいまだにつかめないでいる。
 彼女とはじめて会ったとき、開口一番に『お母様とは絶対に呼ばないで』と言われた。だから、アリアは他人行儀に『シンディ様』と呼んでいる。
 彼女は『ロイド公爵の夫』であっても『アリアとパトリックの義母』だとは認めていないものと思われる。
 真っ赤なドレスの裾をなびかせながら、ツンと顎を上げてシンディはソファに腰掛けた。アリアは微笑みを浮かべて彼女のななめ向かいに座る。
 給仕のメイドが紅茶を淹れる。ローテーブルの上にはあらかじめケーキスタンドが設けられていた。美味しそうなケーキがずらりと並んでいるが、手をつける気にはならなかった。
 シンディは無表情でティーカップを手に取り、紅茶を啜った。

「なぁに、このお茶。ひどい味だわ。本邸のメイドは紅茶を淹れるのが下手ね」

 壁際に控えていたメイドは慌てたようすで頭を下げ、「すぐに淹れ直します」と言った。

「けっこうよ。つい本当のことを言ってしまったけれど、逆恨みで毒でも盛られたら大変だもの」

 年若いメイドは涙目になってうつむく。
 アリアは両手にギュッと握りこぶしを作った。
 いくらなんでもひどい言われようだ。しかし、シンディの気分を損ねずにメイドを擁護する言葉が見つからなかった。

前 へ l 目 次 l 次 へ




ページトップへ