2018年10月20日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第五章05


 ルイスはもう荷ほどきを終えただろうか。
 王城から戻ったあとはいつも、留守中に溜まった執務をこなすため遅くまで執務室から出てこない。

(お仕事の邪魔にならないようにしなくちゃ。想いを告げて、そのあとは……私になにかできることがないかお尋ねしよう)

 そんなことを考えているあいだに、老年のメイドが見事な編み込みのヘアスタイルを完成させていた。
 鏡に映る自分が目を見開いて顔をほころばせる。

「すごく素敵! ありがとう」

 そう言ってカタリーナは立ち上がり、部屋を出る。
 両手と両足が同時に前へ出てしまっていることに、少ししてから気がついた。
 自室を出たときは笑顔だったのに、ルイスの執務室へ着くころにはすっかり身心がこわばっていた。
 何度か深呼吸をして、執務室の扉をノックする。
 なかから「どうぞ」と聞こえたので、カタリーナは「失礼します」と言いながら執務室へ入った。
 部屋にはルイス以外、だれもいなかった。
 ふだんなら近侍や執事が何人かいるのだが、カタリーナがこの部屋を訪ねることがあらかじめわかっていたのでルイスは彼らを部屋に置かなかったのかもしれない。
 想いを告げにきたわけだから、ふたりきりなのはありがたいが――なにぶん緊張する。
 執務机の上の書類をざっくりと片付けてから、ルイスは立ち上がりソファに腰を下ろした。
 カタリーナは彼のななめ前のソファに座る。この位置がいちばん、話をしやすい。

「先日、アーバー子爵邸へ行きました。求婚を、お断りするために」

 ルイスは目を伏せたまましばらく動かなかった。
 この話をして、驚きを顔に出してくれたのはルイスだけだ。だれもかれも、さも「はじめからわかっていた」というような素振りだった。

「……そう」

 安堵したようにルイスはつぶやき、唇を引き結ぶ。
 互いの視線は重ならない。

「私、は――ルイスさまことが好きです」

 長年「おにいさま」と呼んできたものだから、名前で呼ぶのにはどうも慣れないが、もう「おにいさま」では嫌なのだ。
 きちんと彼の目を見て想いを告げるつもりだったのに、できなかった。
 気持ちを口にするだけで精いっぱいだ。
 カタリーナはうつむいたまま、想いの丈を吐露する。

「ルイスさまとじゃなきゃ、私っ――……」

 気がつけばルイスにぎゅうっと抱きしめられていた。ずっと下を向いていたから、彼がソファから立ち上がったのにも気がつかなかった。

「カタリーナ……! 僕の想いに応えてくれる、ってこと?」

 耳のすぐそばで彼の嬉しそうな声が響く。

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2018年10月14日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第五章04


 エントランスの大扉が、ギイィッと重々しくきしみながら開く。
 にわかな緊張が明確なそれに変わり、心臓はドクドクドクと忙しなく脈を打つ。
 大扉が開かれてすぐの彼は険しい表情をしていた。
 なめらかな金髪と深海の瞳は美しすぎる。そのせいで近寄りがたい雰囲気をかもしだしている。
 彼を絵姿におこすとしたら、少しの美化もされないだろう。
 そのままでじゅうぶん、麗しい。
 朝陽が後光のように射して彼によりいっそうの彩《いろどり》を添える。
 カタリーナはルイスを見てしばし惚けた。
 会えなかったのはたったの三日だというのに、まるではじめて彼に出会ったかのようなときめきを覚えた。
 むしろ、いままでよく平気な顔で彼と寝室をともにしていたものだ――と、自分の無神経さにあきれてしまう。
 ルイスはすぐにカタリーナの姿を見つけてほほえんだ。その笑みにはいささか疲労感がうかがえる。

「おかえりなさいませ、ルイスさま」

 エントランスじゅうに響くような声でカタリーナは言った。小さな声では彼に聞こえないからと意識してそうしたのだが、それにしても少し声が大きすぎたような気がする。
 ルイスは驚いたようすで固まっている。
 彼がそんな顔をしているのはカタリーナの声の大きさのせいか、あるいは名前を呼ばれたからか、定かではない。

(いつかみたいに、おにいさまと呼ぶよう言われるかしら……?)

 まだこの邸にきたばかりのことを、おぼろげだが覚えている。
 あのときは、名前でなく「おにいさま」と呼ぶようにと言われた。

「……ただいま、カタリーナ」

 はにかんだような笑み。なんだか嬉しそうだ。
 カタリーナの胸がトクッとときめく。

(名前で呼んでもいいみたい)

 彼につられてほほえみながらカタリーナは言う。

「王城から戻られたばかりでお疲れのところ大変申し訳ございませんが、折り入ってお話しがあります」

 するとルイスの表情が一変して硬くなった。

「それは、ロナウドのこと?」
「その……ロナウドさまのお話も、ありますが」
「ん、わかった――。あとで僕の執務室においで」

 それからルイスはテッドとも二言、三言交わして、邸の奥へと入っていった。


 カタリーナはしばらく自室で時間をつぶしてから、ルイスの執務室へ向かうことにした。
 彼のことを想うとそわそわとして落ち着かず、部屋のなかをうろうろしては柱時計とにらめっこする。なにをするでもなく、その繰り返しだ。
 見かねたらしい老年のメイドが「髪の毛を梳きましょうか」と申し出てくれたので、カタリーナはドレッサーの前にある四角い椅子に腰を落ち着けた。

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2018年10月13日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第五章03


 アーバー子爵邸から戻ったカタリーナはしばらく、ロナウドの悲しみに満ちたほほえみが忘れられなかった。

(好きな人に、想いを返してもらえないのって……とてもつらい)

 このところ夜はずっとひとりで寝ている。
 ゆえになかなか寝付けないのだが、今夜はとくにそうだった。

(このあいだはきっと、おにいさまを傷つけた)

 このベッドで彼に体をまさぐられたとき、思いがけず涙を浮かべてしまった。

(私が、おにいさまに体に触れられたのがイヤで泣いたと勘違いしていらっしゃるに違いない)

 それは、拒絶されたということ。
 もし自分が逆の立場だったならば、悲しみに打ちひしがれることだろう。
 カタリーナは急に怖くなった。
 せっかく彼が「一人の女性として愛しく思っている」と告白してくれたのに、こんな態度ばかり取っていては愛想を尽かされてしまうかもしれない。

(明日……うん、明日。きちんとおにいさまに話そう、私の気持ち)

 しかしルイスは翌日から泊まりがけで王城へ出掛けてしまったので、カタリーナは悶々とした日々を過ごすことになる。

「――メアリーから聞いたよ。ロナウド様の求婚を断ったんだって?」

 カタリーナは目を伏せたままこくっと小さくうなずいてテッドの問いに答えた。
 昼下がりの陽光が射し込むサロンで、カタリーナとテッドはテーブルを挟んで向かい合っていた。
 給仕のメイドが運んできた紅茶をふたりしてすする。

「それで、カタリーナはこれからどうするつもり? 一生、独身でいるわけじゃないよね」

 テッドはその質問の答えももう知っているような気がしたが、尋ねられたので正直に答えることにする。『兄』には知っておいてもらわなければならないことだ。

「おにいさま……ルイスさまのことが好きなの。だから、王城から戻られたら想いを伝える」

 やはり、テッドは驚かない。

「そっか――うん。きみがそうなら、僕は応援する」

 テッドの穏やかな笑みを見たカタリーナは胸を撫でおろしながら「ありがとう」と言った。


 ルイスが王城から戻ってくる日。
 邸の主人を迎えるためメイドや家令がエントランスに集っていた。
 カタリーナとテッドもまたエントランスでルイスの帰りを待った。

(会えなかったのはほんの三日なのに……すごく長く感じた)

 ひとりで眠る夜が増えるたび、思い知らされる。
 彼がどれだけ大切で、彼にどれだけ恋い焦がれているのかを。
 扉の向こうでかすかに物音がした。だれかが階段を上ってくる靴音だ。複数聞こえるのは、ルイスのほかに邸の近侍も何人か王城へ赴いていたからだろう。

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2018年10月07日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第五章02


 メアリーの姿にロナウドが重なって見えた。ふたりがよく似ているせいだ。
 ルイスに体をまさぐられたときに思った。
 ほかのだれかにされるは嫌だ、と。
 裏を返せば、彼でなければだめだということだ。
 カタリーナはすうっと大きく息を吸い込む。

「私……おにいさまのことが好き。家族としてだけじゃなくて、たぶん――……ううん。間違いなく、男性としても」

 メアリーの口もとがほころぶ。それも彼女の『予想どおり』だったのか、少しも驚いていないようだった。

「ねえ、いまからメアリーのお邸へ行ってもいい? ロナウドさまはご在宅かしら」
「ええ。今日は一日、邸にいるとおっしゃっていたわ。私がカタリーナのところへ行くと言ったら、一緒についてくるって言うから必死に断ったのよ。お兄様がいたんじゃろくに話もできないもの」

 メアリーはさっそうと立ち上がり、

「カタリーナ、お兄様をこっぴどく振ってあげてちょうだい。そのほうがお兄様のためになるから」

 そう言ってバチッと片目をつむったのだった。


 メアリーとともにアーバー子爵邸に到着したカタリーナは応接室に通された。
 ロナウドには彼の私室に、と指示されたようだったが、メアリーのはからいでそうはならなかった。
 カタリーナはどきどきしながら、応接室でひとりロナウドを待つ。子爵邸のメイドの給仕はあらかじめ断った。

(うぅ、緊張する……)

 想いを口にするのは――それがどんなものでも――とても勇気のいることだといまさらわかった。
 だから、その想いに感謝と敬意を込めて、真摯に向き合わなければならない。
 ロナウドはすぐにやってきた。走ってきたのか、息が弾んでいる。

「きみから大事な話がある、とメアリーから聞いた」

 額の汗を手の甲で拭いながらロナウドはカタリーナの真向かいに腰を下ろした。

「は、はい――」

 なにから話をするのか、つい先ほどまで順序立てて考えていたはずだった。
 しかし、うまく言葉が出てこない。

「ロナウドさまのお気持ちはとても嬉しいです。でも、私は……おにいさま――いえ、ルイスさまのことが好きなのです」

 結局は単刀直入な物言いになってしまう。
 ロナウドの目がわずかに見開く。しかし、すぐに細くなった。悲しみをたたえた笑みになる。

「やはりそうなったか……。予想どおりだ」

 メアリーとまったく同じことを彼が言うので、カタリーナはキュッと唇を引き結んだ。どんな理由であれ、ここで笑ってしまうのは失礼だ。

「そうじゃないかと思ってはいた。だから、きみに求婚した。はっきりさせたかった。きみのためにも、ルイスのためにも」

 ロナウドがうなだれる。顔の見えないまま、彼のくぐもった声が響く。

「わざわざ断りにきてくれてありがとう。ルイスならきみを一生涯、幸福で満たしてくれるだろう」

 カタリーナはどんな言葉を返せばよいのかわからなかった。

(ありがとう、と言うのは違うような気がするし……)

 悩んだ末に「寛大なお心遣いに感謝します」とだけ返すと、ロナウドは顔を上げてあいまいに笑った。

「いますぐに……心の底からきみたちを祝福できるほど俺は人間ができていない。だが、きみたちの挙式までには気持ちの整理をつける。ルイスに、そう伝えてくれ」

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2018年10月06日

青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 第五章01


 カタリーナはなにをするにも手につかなかった。
 早く答えを出したいと思うのに、考えれば考えるほどなにをどうすればよいのかわからなくなってくる。

(やっぱり……メアリーに話してみよう)

 こういうときはやはり、だれかに相談するにかぎる。メアリーはいつだって適切なアドバイスをくれる。
 カタリーナは親友に手紙を出した。するとメアリーはその日のうちに邸を訪ねてくれた。

「カタリーナったら、困ったことになってるわね?」

 私室にメアリーを迎え入れたカタリーナは、彼女の発言に対して大きくうなずいた。

「どうして私が困ってるってわかったの?」

 手紙には「ゆっくり話がしたいから時間を作ってほしい」とだけ書き綴ったのに、なぜだろう。

「それは、わかるわよ……。もう何年の付き合いだと思ってるの?」

 カタリーナはふたたびこくっとうなずいて、目下の悩みを告白した。

「――うん、うん。なるほど……予想していたとおりだわ」
「ええと……どういうこと?」

 カタリーナが首を傾げると、メアリーは「まぁそれはいいとして」と言いながらカタリーナに話の続きをうながす。

「それで、カタリーナは――私のお兄様があなたに本気かどうか、知りたいのよね」
「う、うん……」

 メアリーが紅茶を飲む。カタリーナはそのようすをじっと見つめる。

「私の知るかぎり、ロナウドお兄様はもう五年以上もカタリーナに片想いしてるわ」
「えっ!?」

 カタリーナの頬がとたんに赤みを帯びる。

「ご、ごめんなさい。メアリーのおにいさまなのに、本気がどうか疑うだなんて……すごく失礼だった」
「ううん。あんなふうに急に求婚されたら、ふつう疑っちゃうわよ。ロナウドお兄様はやることなすこと、いっつも唐突なんだから、困ったものだわ」

 大きく息をついてメアリーは言葉を継ぐ。

「でも、もうひとり困り者がいるわ。あなたのお兄様よ」
「私の……?」
「じつはね、ルイス様からはいろいろと口止めされていたの。カタリーナにはくれぐれもよけいなことを話さないでほしい、って」
「よけいなこと――って?」
「たとえば、あなたに数多くの縁談が寄せられていることとか。ほかには、男女の閨事ね」

 桃色だったカタリーナの頬が今度は林檎のような色になる。

「ルイス様はあなたのことが愛しくて仕方ないのだと思うわ。これは私の推測だけれど、ルイス様はきっと私のお兄様よりももっと長くあなたに片想いしてる」

 メアリーはティーカップをソーサーに戻し、ことさら優しい声音で言う。

「カタリーナはどうなの? あなたにとってルイス様は、ただのお兄様? それとも――」


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