2016年04月22日

いたずらな花蜜1-01


 ランプの薄明かりだけを頼りにアリシア・シュバルツは古めかしい書物のページをめくっていた。その碧い瞳はランプの灯りに照らされて爛々と輝いている。まるで彼女の好奇心を映しているようだった。

「――あのぅ、姫様。そろそろご公務にお戻りになったほうが……」

 アリシアがこもっている閉架書庫の入り口で、時間を気にしながらオロオロしているのは王立図書館の司書であるキャサリンだ。手にしている懐中時計と、沈みかけている夕陽を交互にせわしなく見つめている。

「うん、もう少しだけ……」

 もやは常套句であるアリシアの返答に、キャサリンはウェーブがかった金の髪の毛を揺らしてひそかにため息をつき、うなだれた。公務をサボって閉架書庫の書物を漁りにくる第一王女に、キャサリンは常日頃手を焼いている。

「……――これ、これよ!」

 王女の突然の叫び声にキャサリンはビクッと肩を弾ませた。アリシアの大声には、いつまで経っても慣れないようすだ。

「ど、どうなさいました? 姫様」
「神話の聖地を、見つけたわ!」
「ああ……。また、ノマーク神話ですか?」
「そう!」

 アリシアはかたわらに置いていた羊皮紙にスラスラと書物の内容を書き写していく。閉架書庫の書物は持ち出し厳禁なので、こうするよりほかにない。

「あの、いつも申し上げておりますが……姫様にでしたらお貸し出しいたしますよ」
「ダメよ! 例外を作ってはだめ。それに私、借りていっても失くしちゃいそうだし。……でも、ありがとうね、キャサリン」

 必要なところを書き写し終えたアリシアは満面の笑みでキャサリンを振り返った。
 気取らず屈託のない笑顔を前にキャサリンの口もともゆるむ。

「いえ、そんな……。さて、次はフィース様のところですか?」

 「ええ!」と軽快に返事をしてアリシアは立ち上がり、彼女の髪と同じ色のドレスをひるがえす。薄桃色の鮮やかなドレスは可憐なアリシアによく似合う。
 淡いピンク色の長い髪の毛をなびかせて小走りしながら、アリシアは言う。

「ルアンドが来たら、うまく言っておいてくれる? それじゃあキャサリン、またね。お疲れ様!」
「わかりました。でも、期待はなさらないでくださいね。ルアンドには姫様の行動はお見通しですから」

 走り去っていく華奢な背中に向かってキャサリンは呼びかけた。アリシアはぶんっ、と豪快に右手を一振りしてウィンクをする。
 キャサリンはゆるんだ口もとのまま控えめに手を振り返し、ドレスのすそがめくり上がるのも気にかけず外廊の角をキュッと曲がっているおてんばな姫を見送った。

前 へ l 目 次 l 次 へ


posted by 熊野まゆ at 06:00| いたずらな花蜜《完結》


ページトップへ