2016年04月23日

いたずらな花蜜1-02


 アリシアは夕陽を眺めながら外廊を小走りしていた。吹き抜ける風は強く、つめたい風が頬を打つ。このシュバルツ城は小高い丘に位置しているから、街よりも少しばかり冷える。

(フィース……。鍛錬場にいるといいけど)

 いちばんの仲良しである幼なじみの姿を思い浮かべる。21歳という若さで王立騎士団の副団長を務める彼はここのところ多忙だ。以前のように、ふたりでこっそりと城を抜け出して遊びに行くということがめっきり少なくなった。

(それに最近は、ろくに話もしてくれないし……)

 彼は朝から晩までせわしなく働いている。忙しいのはわかるのだが、それはフィースが王立騎士団に入団した16歳のころから変わらない。それでも、少し前まではアリシアの寝室で一晩中、語り明かすこともあったし、フィースの屋敷でともに寝泊まりだってしていた。だから、接する機会は多かった。
 しかしそれも、年々減ってきて――。

(……寂しい、よ)

 アリシアが公務を怠ってフィースのもとへ向かうようになったのはごく最近のことだ。それまでは、夜になったら彼に会えるというのを楽しみに、苦手なダンスのレッスンや茶会、賓客のもてなしをきちんと――いや、たまに城を抜け出していたので――おおむね、こなしていた。
 フィースに会えますように、と願いながら城の地下にある騎士団の鍛錬場に到着したアリシアはそっと鉄扉を押し開けてなかをのぞいた。
 カキンッ、と金属がぶつかり合う音が響いている。フィースもまた、ほかの団員にまじって鍛錬に励んでいた。副団長である彼はすでにじゅうぶん剣の腕がたつのだが、とにかく体を動かすのが好きなので、フィースは日々の鍛錬を怠らないのだ。

「――姫様、またいらしたんですか」

 鍛錬場の入り口からなかをのぞき込んでいるアリシアに気がついたフィースが駆け寄ってきた。

「フィース……! あ、ええと……」

 迷惑そうな、困ったような顔をされると尻込みしてしまう。しかし食い下がる。

「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。でも、あなたとゆっくり話がしたくて。鍛錬のあと、時間はある?」
「……俺は今日も遅くなると思うので……申し訳ございませんが」

 ――ああ、彼のこの他人行儀な話し方はどうも気にくわない。ふたりきりのとき、フィースは敬語なんて使わない。いまはまわりに騎士団の面々が大勢いるから、お互いの立場上しかたがないのはわかる。わかるからこそ、ふたりきりでゆっくり話がしたいというのに。

「……フィース、ちょっと」

 彼の腕をひっつかんで鍛錬場の外へと連れ出す。

「ねえ、明日はお休みでしょ? 遅くなってもいいから……。あ、そうだ。あなたのお屋敷に泊まりに行ってもいい?」
「いけません」

 即答され、アリシアはあからさまにムッとする。

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posted by 熊野まゆ at 05:47| いたずらな花蜜《完結》


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