2017年04月23日

秘されし、その甘やかな救済 第一章08


 街の大通りは公爵邸からすぐのところだ。ラティーシャはマティアスの隣を歩きながらビクビクとまわりをうかがっていた。
 街行く人々に注目されているのは自意識過剰なわけではないと思う。
 しかしいつもと違って、みな遠巻きだ。ふだんならば街へ使いに出るとすぐに「ご飯をおごるよ」だとか「いい店を知っているんだ」と声を掛けられるのだが、公爵が隣にいるおかげなのか、そうして話しかけられることはない。
 初めはドキドキと高鳴りっぱなしだったラティーシャの心臓が、しだいに落ち着いていく。
 それを悟ったらしいマティアスが得意げに話しかけてくる。

「俺の隣は快適だろう。妻になってくれるね?」
「……なりません。私は巫女になって神のみに身を捧げるのです」
「神、ねぇ……」

 マティアスが立ち止まる。ラティーシャもまた歩みを止めた。

「……信じていらっしゃらないんですか? 神様を」

 マティアスは微笑し、即答する。

「信じているよ。……いや、知っているというべきか。……まあ、きみもいずれわかる。巫女になれば、ね」

 やけに含みのある言い方だ。ラティーシャは彼を見上げて首を傾げる。

「ねえ、ラティーシャ。巫女は結婚してはいけないという規則はないよ」
「……規則がどうであれ、私はだれとも結婚しません」

 ――裏切られて、母のように傷つきたくない。
 うつむくラティーシャを見つめ、マティアスは眉尻を下げて困ったようにほほえんだ。


 それからふたりは洋装店を訪ねた。ピンク色を基調にした店内は随所に生花が活けてあり、見るからに女性物を扱う専門店だ。
 ラティーシャは「ほぅっ」と感嘆する。あちらこちらと忙しなく視線を走らせて店内を見まわす。
 ふと、公爵と目が合った。こうして店内を見まわすのは不躾なことかもしれないと思い至ってラティーシャは頬を赤らめる。

「こういう店は初めて?」
「はい……。すみません、きょろきょろしてしまって」
「かまわないよ。きみが楽しんでくれるのがいちばんだ」

 公爵がほほえむと、どうしてかそれでいいような気がしてくる。そういう安心感を、彼には無条件で与えられてしまう。

「ラティーシャ、好きなものを選んでくれ」
「いえ……私にドレスは必要ありません。公爵さまはお礼がしたいとおっしゃいましたが、私は大したことはなにもしていません。ですからどうか、お気遣いなく」

 ラティーシャがほほえむ。自然とこぼれた笑みだ。

「きれいなドレスや可愛らしい小物は、見ているだけでも楽しいですから。もう本当にじゅうぶんです」

 ほがらかに笑うラティーシャとは対照的にマティアスは浮かない顔だ。

「きみは欲がないな。俺とは大違いだ」

 苦笑いするマティアスの真意を、ラティーシャはあとから知ることになる。

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