2017年04月29日

秘されし、その甘やかな救済 第二章01


 マティアスとともに休日を過ごした翌日はいつも以上に業務に励むことができた。ラティーシャはほがらかにほほえみながら巡礼者に護符を配布する。

「――ラティーシャ」

 しかし、その男に名前を呼ばれたとたんラティーシャの気分は一気に暗くなった。

「昨日は急に休むから、なにかあったのかと心配したよ。無事でよかった」

 護符の配布列からは外れてラティーシャの傍にたたずむその男の名はレイヴン。毎日のようにやって来てはラティーシャにしつこく話しかけている。

「何度も申し上げておりますが、ご用がないのならお引き取りください」

 配布の合間にそうして咎めるのだが、レイヴンは聞く耳をもたない。

「僕とデートするって約束してくれたら、帰るよ。ねえ、いい店を知っているんだ。一緒に行こう?」
「ご遠慮いたします」

 もう何度この会話をしたことか。ラティーシャが何度断っても、レイヴンは懲りずにやって来るのだ。

「ところで、昨日きみがシュバルツ公爵と街を歩いていたってうわさを聞いたんだけど、本当かい?」

 ラティーシャの心臓がドクンと跳ねる。シュバルツ公爵の名を出されたからか、あるいはレイヴンがそのことを知っていたからか。両方かもしれない。

「……お引き取りください。私は奉仕中なので、私的なことはお話しできません」
「じゃあ仕事が終わってからならいいんだね? 待っているよ、きみの仕事が終わるのを」

 ラティーシャはそれ以上はなにも言わず、横目でジロリとレイヴンをにらむ。いっぽうの彼は笑みを深めるばかりだった。
 レイヴンは男爵令息だ。働きもせず遊び歩いていることがまず気に食わない上に、とにかくしつこい。
 その日、ラティーシャが神殿での奉仕を終えるとレイヴンは宣言どおり巫女見習いが出入りをする門に待ち構えていた。
 ラティーシャは顔をしかめ、彼には取り合わず宿舎へ急ぐ。

「ねえ、待ってよラティーシャ」

 ラティーシャは小走りしていた。もっと全速力で逃げたほうがいいのかもしれない。何だか嫌な予感がする。
 ラティーシャが走り出そうとすると、レイヴンは彼女の肩をつかんで引き止めた。ラティーシャは瞬時に総毛立つ。

「ラティーシャ、どうしてそんなに嫌がるんだ。自分で言うのもあれだけど、僕は自分自身を醜い顔だとは思っていない。お金だってたくさんある。きっときみを幸せにできる」
「……そういうことではありません」

 ハッキリと言ってもいいのだろうか。顔や財力など関係ない。親の金で遊び歩くその性根と、それを恥ずかしげもなくやってのけてしつこく迫ってくるところが大嫌いなのだと。
 しかしラティーシャはそれをハッキリと伝えることができる性格の持ち主ではない。こちらの意思が明確に伝わる別の言葉を探していると、

「……公爵とはデートするのに、僕とはできないって言うのかい?」

 レイヴンはラティーシャの両肩をつかんだまま言う。

「こんなに想っているのに、どうしてなんだ……」

 彼が顔を寄せてくる。
 ――いやだ、怖い!
 早くレイヴンの手を振り払って逃げなければ。そう思うのに、体は恐怖心で石化してしまった。
 レイヴンが近づいてくる。恐怖と焦りで視界がぐるぐるとまわり始める。

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posted by 熊野まゆ at 08:29| 秘されし、その甘やかな救済《完結》


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