2017年06月11日

秘されし、その甘やかな救済 第三章04


 祈りの間をあとにしたラティーシャはあれやこれやと考えを巡らせながら早歩きをしていた。向かう先はイザベラのいる巫女の控室だ。巫女見習いの控室は大部屋だが、巫女に昇格すれば個室が与えられる。

(まさか神様が実在していたなんて)

 神とは人々の憧れであり、願望の対象でもある。それがあのような――こう言っては何だが、想像していた神とはかけ離れていたせいでラティーシャはますます迷いが深くなった。これからの自分の在り方がわからない。自分自身、どうしたいのかわからない――。

(とにかく、神様のことは他言無用よね)

神の実態がああだと知れたら信仰に影響が出るかもわからないので、彼の存在は秘されるべきだとラティーシャは思った。実際、そういううわさは出回っていないし、これを知りえるのは巫女だけだ。

(でもマティアスさまは……もしかしたら神様とお会いになったことがあるのかも)

 いま思えばマティアスの発言には神の存在を匂わせるようなことがたびたびあったような気がする。麗しい青年公爵のことを思い出し、ふたたび火照り始めた頬をパン、パンッと両手で叩いて引き締めたあと、ラティーシャはイザベラの部屋の扉をノックした。

「――どうぞ」

 中からすぐに返事が聞こえた。ラティーシャは「失礼します」と言いながら茶色い木の扉を開ける。

「あら、ラティーシャ。アドニス様とのお話はもう終わったの?」
「はい、ひとまずは」
「そう。まぁ、座ったら?」

 込み入った話になると察したのか、イザベラは浮かない顔のラティーシャにソファに座るよううながした。
 二人掛け用の茶色い革張りのソファに座る。すると、イザベラがティーポットから紅茶を注いでくれた。

「ありがとうございます、お姉さま」
「いいのよ。それで、どうしたの? アドニス様が神に似つかわしくないのはわかるけど、そんなにショックだった?」

 ラティーシャはぎくりとして、隣に腰を下ろしたイザベラを見やる。

「アドニスさまのことは……そういう方なのだと思えばいいのかな、と」
「そうね、あの性格はもうどうしようもないわよね」

 クスッ、と笑ってイザベラは紅茶をすする。ソファの前のローテーブルにはあらかじめ二組のカップとティーポットが置いてあった。来客があることを――ラティーシャが来ることを予想していたのだろうか。

「食べる? おいしいわよ」

 イザベラは白い小皿に盛りつけられた小さな丸いビスケットを指でつまみ、ラティーシャの口へ運ぶ。そのまま口を開けると、ビスケットが口の中へ飛び込んできた。
 ビスケットは舌に乗ると溶け出しそうなほど軽やかでそして甘く、ほのかに花の香りがした。

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posted by 熊野まゆ at 05:34| 秘されし、その甘やかな救済《完結》


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