2017年06月17日

秘されし、その甘やかな救済 第三章05


「このビスケット、シュバルツ公爵さまからいただいたのよ。機会があればラティーシャにも食べさせてあげて、って」
「えっ!?」

 マティアスとイザベラに面識があったことにまず驚いた。

「お姉さまは公爵さまとお知り合いだったのですね」
「ええ。シュバルツ公爵はいつも神殿に便宜を図ってくださるから、巫女ならみんな会う機会が多いわね」
「そうだったのですね……」

 だから彼は神殿の内情にも詳しいのかもしれない、とラティーシャは思った。

「ところでラティーシャ。レイヴンに襲われかけたんですって? そうなった以上は、公爵さまのお邸に住まわせてもらうほうが安心だと姉としても思うわ」
「そっ……れは、そうなのですが……いえ、公爵さまのお邸でお世話になるのはとってもありがたいことなのですが」

 ティーカップを手に持ったまま不安げに視線を揺らすラティーシャに、イザベラはほんの少しだけ体を動かして近づいた。

「あなたの悩みはほかにあるのね?」

 ラティーシャはこくりとうなずく。

「アドニスさまに訊いてみたんです。巫女とはどうあるべきなのか、と。そうしたら、好きにしていいと言われて……」

 ――なにもかも、お姉さまに相談してみよう。一人では解決できそうにない。

「れ、恋愛してもいいのだと……言われて」

 意を決して言うと、イザベラはすぐに「もちろんよ!」と返した。

「恋していいのよ! 巫女なんてもはやただの職業なんだから。こう言ってはあれだけれどあんな神様なのよ? 信仰もへったくれもないわよ。まあ、巡礼してくださるかたには真摯に接しなければいけないとは思うけれど。あんなのでも、神様には違いないし。まあ、とにかく……それとこれとは話が別よ。巫女だろうと――たとえ神に近い存在だろうと、人を好きになることは罪ではない。それで子孫が繁栄するのだから、むしろごく自然な摂理なのよ」

 喉が渇いたのか、イザベラはティーカップの紅茶をぐいっといっきに飲み干した。

「でも私は……父さまに似て浮気性かもしれない、と不安で」

 ごくりと喉を鳴らしたあとでイザベラは不安げなラティーシャに向き直る。

「自分が浮気性かどうかなんて、自分自身が決めることよ。遺伝なんて関係ないわ。人を愛する自信なんて、誰だって初めは持ち合わせていない。その人と過ごすうちにつちかわれていくものよ」

 イザベラの言葉には説得力がある。まるでそれが彼女の経験談のように。

「お姉さまにもそういうかたが?」

 疑問に思ったことをそのまま口にした。するとイザベラは急に口をつぐんでしまった。

「あの、お姉さま?」

 訊いてはいけないことだっただろうか。おろおろしながらラティーシャはイザベラの顔色をうかがう。

「……ふふ。どうでしょうね」

 どこか悲しげに窓の外を眺めながら、イザベラはその長いまつ毛を伏せる。

「あなたは、オズウェルお兄様とよく似ているわよね」

 急にそう言われ、ラティーシャは首を傾げる。

「そうですか? 髪の色だけのような気がしますが」

 見つめ返すと、イザベラは所在なげにゆっくりと視線を逸らした。

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