2017年06月18日

秘されし、その甘やかな救済 第三章06


 巫女に昇格して数日が経ったある日。その日は朝から雨が降りしきっていた。しとしとと降り続く雨は神殿内を陰鬱な雰囲気にさせるのと同時に、巡礼者の足も遠のかせる。したがって巫女や巫女見習いも、雨の日には休みを取ることが多い。神殿の中はふだんよりも閑散としていた。

「こんにちは、アドニスさま」

 ラティーシャは祈りの間にいた。いまも、巫女見習いだったころと同じで神殿内の清掃や護符の配布を行う。巫女になってなにが変わったかと聞かれればそれはただひとつ、祈りの間でアドニスと話をするということだけだ。

「やっほー、ラティーシャ。元気そうだね」
「はい。アドニスさまもお元気そうでなによりです」
「さぁて、今日こそきみの恋の話を聞かせてくれる?」
「そっ……れは、また今度」

 ラティーシャが苦笑いを浮かべると、アドニスはぷうっと頬をふくらませた。

「もうっ、いっつもそれなんだから! 僕ってそんなに信用ない?」
「そういうわけではありません。その……私の中でもよくわからないものですから」
「そういうのを全部、話してもらいたいんだけどな。ラティーシャはつれないなぁ……」

 しゅん、とこうべを垂れるアドニスを見てラティーシャはあいまいに笑うしかない。
 あれからマティアスとはしばらく顔を合わせていない。巫女に昇格すれば神殿に住む権利が与えられるわけだが、マティアスには恩義があるためいまだに公爵邸に居座っている。
 ――いや、居座っている理由はきっとそれだけではない。

(私は朝から晩まで神殿の仕事があるし……マティアスさまだってそう)

 彼は遠方へ視察に行くことも多く、たびたび公爵邸を留守にする。顔を合わせる機会は朝食くらいだ。そのときも、たわいない話をするだけで終わってしまう。

(もっと……マティアスさまとお話しがしたい)

 そう思うのはなぜなのか。説明できない。
物思いにふけるラティーシャを、アドニスはじいっと見つめていた。しかし突然、

「――あぁぁ、何かヤバいのがきてる! ラティーシャ、早く逃げて!」

 あわてた様子でそう言って、少年の姿をした神様は出入り口の大扉を指さす。

「逃げるって、そんな……。アドニスさまはどうなさるんですか?」

 いきなりなにを言い出すのだろうと思ったが、神様の言うことだ。嘘ではないようだし、必死の形相は冗談を言っているようにも見えない。

「僕は実体がないから大丈夫! できるだけ被害が出ないようにしたいけどっ……。きみを守れる自信はない。だから、早く行くんだ!」

 鬼気迫る表情に圧されてラティーシャは声もなくうなずき、祈りの間を出て行く。

(いったいなにがきているっていうの?)

 突然のことに頭がついていかない。もしかしたらこれは神の信託なのかもしれない。早く皆に知らせなければ。ラティーシャが駆け出した、そのとき。

「――ん、ぐっ!?」

 突如として目の前が真っ暗になった。口もとをなにかに塞がれて、強い力でうしろに引き込まれる。

「……つかまえた」

頭上から響いたその声に、ラティーシャは戦慄した。

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