2016年05月04日

いたずらな花蜜1-10


「……思っていたよりも陰鬱なところだ」

 近くの木に馬をつなぎながらフィースがポツリと言った。

「そうね……。ひと気がないからかしら」

 空が曇天なのと、木々に囲まれていて薄暗いせいで、よけいにそう感じるのかもしれない。

「ええと……秘密の花園はこの洞窟の先だから、厳密にいうとまだ目的地に着いてないわ」

 羊皮紙を見ながらアリシアは木々の先を指差す。洞窟というよりは、三方向を岩に囲まれた狭い通路だ。馬では通れそうにない。

「そうか。よし、行ってみよう」

 心なしかフィースの語調は明るい。

(ふふ……。楽しんでくれてるみたい)

 自分自身がそうしたいと思って行動し、フィースには付き合ってもらっているわけだが、彼も元来こういう冒険じみたことが大好きなのだ。
 日々あわただしい騎士団業務の息抜きになれば、と思う。


 岩に囲まれた狭路をふたり並んで歩く。
 岩壁には無数のツルが這っていた。奥へ進むにつれてツルはひときわうっそうと生い茂っていた。湿潤な環境を好む種類の植物なのだろう。岩の天井からズラリと垂れ下がり、行く手を阻んでいる。

「アリシア、少し下がってて」

 うん、と返事をして数歩下がる。
 フィースは革ベルトで腰に固定していた短剣を鞘から抜いて手に持った。先へ進むのに邪魔なツルを鋭利な刃で豪快になぎ払っていく。
 そうしてどんどん奥へと進む。ツルをなぎ払うと、その先には明かりがちらほらと見えはじめた。この洞窟は行き止まりではなく、どこかしらへ抜けているらしい。
 しだいにまぶしくなってきた。薄暗闇にようやく目が慣れたところだったので、よけいにそう感じるのだと思う。

「……――!」

 声もなく感嘆する。ひらけた視界いっぱいに広がる、色とりどりの花々がふたりを華々しく迎えた。
 なにかおめでたいことがあったわけでもないのに、祝福されているような気がしてくる。
 高い岩壁に囲まれたそこはまさしく秘められた花園で、神話にある通りの情景だ。もしいま晴れていたならば、真上から降り注ぐ太陽光がさぞ神秘的に花たちを照らしたことだろう。

「――綺麗だ」

 となりから聞こえてきた、フィースの実直な言葉にアリシアはコクコクと何度もうなずいて同意した。

「すごい、すごいっ!」

 アリシアは小さな子どものようにはしゃいで駆け出す。しゃがんで両手をつき、咲き誇る花に鼻先を寄せた。清涼感のある良い香りが全身を包む。
 いくら深呼吸をしても足りない。アリシアはあちらこちらとせわしなく移動して、花の多様な香りを楽しんだ。

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posted by 熊野まゆ at 05:20| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月06日

いたずらな花蜜1-11


 花が咲いているのは地面だけではなかった。岩壁にも、多種多様なツル性の植物がそこここに這い、花を咲かせている。とくに目を引くのは蔓薔薇《つるばら》だ。

「珍しい色の薔薇ね……」
「ああ……。こんな色のものは初めて見た」

 フィースはアリシアのとなりに立って腕組みをした。ふたり並んで、萌黄色の薔薇を見つめる。

(あ……そうだ。この薔薇、キャサリンへのお土産にしよう)

 彼女はよく萌黄色のドレスを着ているし、髪飾りやハンカチーフもそろいの色を好んで持っているようだった。
 アリシアが蔓薔薇に手を伸ばす。

「――ん? 摘むのか?」
「うん、少しだけ。キャサリンへのお土産にしようと思って」
「それなら、ちょっと待ってて」

 フィースはふたたび短剣を取り出し、適当なところでプチプチとツルを切った。剣の切っ先で器用に薔薇のトゲを除いていく。

「はい、どうぞ」

 萌黄色の薔薇を数本、手渡される。

「ありがとう! ……んん、いい匂い」

 すうっと香りを吸い込む。すると、突如として風が吹き抜けた。薄桃色の長い髪がヒラヒラと揺れる。

「わ、すごい風だったね」

 きょろきょろとあたりを見まわす。上から吹き込んできたのだろうか。

「え、吹いた? 風なんて」
「うん、すごかったじゃない。びゅううって」

 アリシアは口をとがらせて風のすさまじさを表現した。

「そっか。びゅううって、ね」

 フィースは片方の腕を組み、もういっぽうの手で口もとを押さえてクスクスと笑っている。
 なにがおもしろいのかわからず、首をかしげて彼を見上げていると、

「あ、いや……。きみの口が尖ってるのが可愛くて。ねえ、もういっかい言って。どんなふうに風が吹いたって?」
「……いっ、言わない」

 子どもっぽいと思われているのが恥ずかしい。アリシアはぷいっと顔をそむけてフィースに背を向け、ふたたび天を仰いだ。

「……黒い雲が増えてきたわね」
 アリシアの言葉でフィースも視線を空に向ける。
「そうだな……。いまにも降り出してきそうだ。そろそろ帰ろう」
「うん……」

 暗雲に覆われていく空から視線を逸らし、アリシアはもと来た道へ向かって歩き出したフィースの背を追った。

***

「――……まいったな」

 馬にまたがったままフィースは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。アリシアは彼のうしろから頭だけをななめに動かして前方をのぞく。

「あっ、橋が……」

 王都へと戻るための橋が、なくなっていた。
 川の水は向こう岸から渡ってきたときよりも明らかに増えている。
流れは極めて急だ。橋はもともとかなり老朽化していたようだから、水に押し流されてしまったのだろう。

「……っ、ごめんなさい。私が安易なことを言ったせいで」

 アリシアの顔が青ざめる。

「いや、きみのせいじゃない。……さて、それにしてもどうするべきか」


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posted by 熊野まゆ at 04:20| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月07日

いたずらな花蜜1-12


 フィースは「うーん」と小さくうなりながら考えあぐねた。

「迂回するしかないんだが――」

 言いながら空を見上げる。アリシアも彼にならって上を見た。すると、ポツリとつめたい雨粒が頬を打った。

「……っ、やっぱり降ってきた。すぐにでも本降りになりそうだ」

 手綱を引き、フィースは馬を180度回転させて町へと駆けた。

***

 川向こうへ渡れなくなり、雨も降り出したことで町に足止めされてしまったのはアリシアたちだけではなかった。
 小さな町の数軒しかない宿屋はすぐに急な利用客であふれ、アリシアとフィースは空き部屋のある宿を探してしばし訪ね歩いた。


「――アリシア、ごめん。その……こんなところで……ええと」
「えっ?」

 シャワーを浴び終えたアリシアは宿屋に備え付けてあったバスローブに袖を通して窓ぎわに立っていた。
 浴室から出てきたばかりの、同じくバスローブを着たフィースを振り返る。

「なにが? すごくいいところじゃない。ベッドは大きいし、着替えまで置いてあるし。一部屋だけでも空きがあって、本当によかった」

 この部屋の壁やカーペットは派手な原色ばかりなので、少々目に刺激がありすぎるが、雨のなかを迂回して城へ戻るよりはここで天候の回復を待つほうがよいに決まっている。

「あ、いや……うん。まあ、きみがいいのなら」

 フィースは視線をさまよわせながら歯切れ悪くそう言って、ソファに腰をおろした。
 アリシアはふたたび窓の外を見やる。

(まだまだ止みそうにないわね……)

 雨はザァァッ、と豪快に降りしきっている。この宿の周辺には民家が少ない。外は真っ暗で、雨が降っていること以外はほとんどなにもわからない。

「――もう夜も遅いし、雨も止みそうにないし……今日は寝ましょう」

 アリシアはシャッ、と真っ赤なカーテンを閉めてベッドへと歩き、そのまま布団のなかに潜り込んだ。

「……俺はソファで寝るよ」

 布団の向こうから聞こえてきた言葉に驚き、ガバッと身を起こす。

「なに言ってるの!? そんなところで寝たら風邪を引くわ。ほら、こっちに来て」

 アリシアはぴょんっ、と大きなベッドから飛び降りてソファに向かった。難しい顔をしている幼なじみの騎士の腕を引っ張り、ベッドへ連れ込む。

「アリシア……。俺、本当に――」
「……そんなに、私と一緒に寝るのがいや?」
「……っ!」

 フィースをベッド端に座らせて、真正面から顔をのぞき込む。

「以前……あなたを蹴り落としてしまったこと、まだ根に持ってるの?」
「……え」

 年上の幼なじみがポカンと口を開けた。アリシアは憤然と話し続ける。

「私、あのころよりもかなり寝相がよくなってると思うの! 少なくとも、私自身はベッドから落ちなくなったわ!」

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posted by 熊野まゆ at 05:26| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月08日

いたずらな花蜜1-13


「あー……。そういえば……そんなこともあったっけ」

 ポリポリと指で頬をかきながらフィースは横目で窓のほうを眺めている。
 昔はよく彼にベッドで読み聞かせをしてもらっていた。そしてそのまま眠りに就いたものだ。
 ただ、熟睡するアリシアとは対照的にフィースは決まって寝不足になっていた。アリシアの寝相が悪すぎるせいで。

「――私に蹴られるのがいやで、一緒のベッドで寝たくないんじゃないの?」
「……ん、ちょっと違うよ」
「じゃあ、なぜ?」

 フィースの視線が、窓からこちらへゆっくりと戻ってくる。鮮やかな翡翠色の双眸に、じいっと見つめられる。

「……本当に、わからない?」

 完全には乾ききっていない髪の毛を、ひとふさだけつまかれた。

「わからな――」

 突然、ドクンッと異様な動悸がした。視界が――フィースが二重にかすんで見える。

「……っ、ぅ」

 アリシアは胸を押さえてその場にうずくまる。

「アリシア?」

 頭上からフィースの心配そうな声が降ってきた。

(な、なに? 胸が、苦しい……っ。どきどき、する)

 胸もとを自分自身の手でわしづかみにして、はあはあと肩で息をする。
 フィースに何度も名前を呼ばれた。

(……おさまった――?)

 心臓の高鳴りはすぐに引いた。
 アリシアの目の前には筋肉質な胸板。バスローブの隙間から見えている。
 今度は、あらぬところがドクンと大きく波を打つ。

「アリシア? 大丈夫か? 医者を――」
「わ、たし……へんだわ」

 フィースがすべてを言い終わる前に、アリシアは言葉をかぶせた。

「ああ、体調が悪いんだろう。だから早く医者に診てもらおう」
「お医者さん……? ううん」

 首を何度も横に振り、いま自分のなかに起こっていることを説明した。
 フィースの表情に困惑の色が浮かぶ。
 アリシアは彼の胸もとばかりを見ていた。無意識のうちに手が出て、フィースの肌に触れてしまう。
 ああ、彼のバスローブを脱がせてしまいたい。なぜそんな気持ちになるのかわからない。けれど、その欲求を抑えているのがつらい。
 アリシアは素直にそれを告白した。

「――落ち着くんだ、アリシア」

 静かな声音でなだめられた。こんなことになっているのは、へんなものを食べたか、あるいは寝ぼけているのだと言われた。

(そう、なの……? わ、私、本当にどうしちゃったんだろう……!)

 フィースに、あきれられている。不審がられている。
 そう思うと、急に涙が込み上げてきた。それを目からこぼさないようにするので精いっぱいになる。
 ――彼からなぐさめの言葉を投げかけられた。しかしそれが、いまのアリシアにはよけいにこたえる。

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posted by 熊野まゆ at 05:36| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月09日

いたずらな花蜜1-14


(わた、し……私……っ)

 落胆してうつむいていると、そっと背中を撫でられた。反射的にびくっ、と体を震わせる。
 フィースに触れられて驚いたというよりも、背中に彼の手が添えられていることによってなにかべつのものが体のなかに湧き起こったのだ。

(……ムズムズ、する)

 触れてほしいのは背中ではない。もっと下の――自分でもよくわからない、秘められたところだ。
 アリシアは包み隠さずそれをフィースに伝えた。下半身を押さえてうったえかける。

「ここが、熱くて……なにかが、あふれてきて……さ、さわりたくて、たまらないの」
「そっ、それ以上は、言わなくていい」

 フィースの顔はいままでに見たこともないくらい赤くなっていた。そんなふうに――顔が真っ赤になってしまうほど困らせてしまっているのが申し訳ないけれど、身の内に起こっている変化に困惑しきっていて、助けを求めずにはいられない。
 フィースはしどろもどろしながらアリシアに尋ねる。

「ほかに、その……。つらいところはない? 頭が痛いとか、そういうことは」

 アリシアはぶんぶんと首を横に振った。

「だったら、明日医者に――母さんに診てもらおう」
「明日、までなんて……っ、待てない……!」

 いますぐ、どうにかしたい。なぜそう思うのか、自分でもわからない。

「フィース、脱いで」
「な、なんで」
「裸が見たいから」
「……じゃあ、アリシアも」
「や、やだ……」

 彼の裸を見たいと思ういっぽうで、自分の体を見られるのはいやだ、とも思った。恥ずかしい。

「だったら、俺も脱がない」
「ええっ……!」

 アリシアが眉尻を下げる。この押し問答はいったいなんなのだろう。そうしているあいだにも、アリシアの下半身はひとりでに濡れていく。
 違和感に耐えきれず脚をもじもじさせていると、

「……コッチは、俺が触れてもいい?」

 やけに穏やかな声音で尋ねられた。アリシアは深く考えずにふたつ返事をする。

「……うん。自分でさわるの、怖い」

 なにかの病気なのだろうか。不安でたまらない。
 フィースの母親は医者だ。彼は自分よりも医学の知識を持ち合わせているに違いない。

「……横になって、アリシア」

 言われるまま、ベッドに横たわる。
 フィースはアリシアと向かい合う恰好でベッドに寝転がった。片方の腕で上半身を支えている。
 じいっと見おろされ、つい視線を逸らしてしまう。

「アリシア、本当にいいのか?」
「う、ん……。どんなふうになってるのか、フィースがたしかめて?」

 彼が息をのんだのがわかった。
 アリシアはますます不安になった。なぜフィースがそんな反応をするのか、さっぱりわからない。

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posted by 熊野まゆ at 05:41| いたずらな花蜜《完結》


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