2016年05月18日

いたずらな花蜜2-03


「ジェラルドは元気にしている?」
「ええ、あいかわらずよ。真面目が過ぎるくらいで、逆に困っちゃうわ」

 クレアの返答に、アリシアは「ふふ」とあいまいにほほえんだ。
 ジェラルドとは歳は近いがあまり話したことがない。彼はとても物静かで、外で遊びまわるほうが好きだったリシアやフィースとは対照的だった。屋敷にこもって本ばかり読んでいた印象だ。
 アリシアにも弟がいるのだが、彼はジェラルドとよく似ていて部屋に閉じこもりがちだった。フィースの弟と、それからアリシアの弟。どちらかというと彼らのほうが気が合っているように思える。

「――世間話はそれくらいにしておいたら」

 立ったまま腕を組んで壁にもたれかかっていたフィースが言った。

「そうね。アリシアは公務に忙しいものね。……フィースからだいたいの症状は聞いているけど、いまいちわからないのよね。この子、説明がすごくあいまいで」

 クレアはジトッとフィースを見つめる。視線を突きつけられたほうのフィースは、気まずそうに顔をそむけた。
 クレアは目を細めていぶかしんだあと、アリシアに向き直った。

「なんでも、体が……下半身が熱くなるんですって? それに、瞳の色が変わるのだとか」
「う、うん、そうなの……。瞳のことは、自分ではわからないんだけど、萌黄色になってしまうらしいの。体のほうは、その……」

 ああ、どう伝えればよいのだろう。なんとなく、恥ずかしいことなのではないかという自覚があるので、話しづらい。

「思ったままを言っていいのよ、アリシア」
「う……、ええと……。こ、ココが、湿ってきて……それから――」

 アリシアはありのままをクレアに話した。うん、うんとうなずきながらクレアはアリシアをうまくしゃべらせる。

「――それで、その症状は一晩中、続いたの?」
「いいえ、治ったわ」
「どうやって? 自然と?」
「え……っと、それは……」

 言いよどむアリシアの顔をクレアがのぞき込む。

「……なあに? 包み隠さずなんでも話して」
「……っえ、えと」

 クレアから目を逸らし、チラリと壁際を見やる。フィースは口もとを押さえ、なんとも言えない表情をしている。
 そんなふたりのアイコンタクトをクレアは見逃さない。

「フィースに口止めされてるのね? だめよ、きちんと話して。そうじゃなきゃ、治るものも治らない」

 さすがフィースの母親というべきか、もともと敏いからなのか、彼女には隠し事などできそうにない。

(フィース、ごめんなさい……!)

 アリシアは心のなかでフィースに謝りながら、クレアに洗いざらい白状した。
 すべてを話し終えると、それだけでどうしてかすっきりした。

「……――そうだったの」

 ふむ、といったようすでクレアはあごに手を当て、顔面を手のひらで覆ってうなだれているフィースをジロリとにらんだ。
 アリシアはオロオロとふたりのようすをうかがう。
 フィースはあいかわらず顔を手のひらで覆っている。どことなく、恥ずかしそうだ。

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posted by 熊野まゆ at 05:47| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月20日

いたずらな花蜜2-04


「あ、あの……クレア。私、どうなっちゃったのかしら」
「うーん……。現段階ではなんとも言えないわね。でも、もちろん手は尽くすわ。医師連盟に、そういう症例がないか問い合わせてみる」
「そう……」

 アリシアが小さな声で「よろしくお願いします」と言うと、クレアはそっと彼女の肩に手を乗せた。
 アリシアはおずおずとクレアを見つめ返す。

「ねえ、あの……」
「うん? なあに」
「……も、もしまたその症状が出たら、私はどうすればいいの……?」

 とにかく不安だった。クレアとはめったに顔をあわせることができないし、ほかの医者には聞けないので、いまのうちにできうるかぎり不安の種をのぞいておきたい。
 クレアはアリシアを見つめて微笑したまま言う。

「どうしてもおさまらないときは、またフィースに頼むといいわ。ほかの男はだめよ、絶対に」

 クレアの視線がフィースに向く。その目つきはいつになくするどい。

「フィース、わかってるでしょうね? くれぐれも医学的な対処だけをするのよ」
「わっ、わかってる……っ」

 銀色の髪の毛をガシガシとかきながらフィースが答えた。彼の頬は心なしか赤い。
 息子のようすを険しい表情でしばし観察したあと、

「アリシア、ほかに聞いておきたいことは?」

 クレアはもとの笑顔に戻って、アリシアにそう尋ねた。

「ええと……、うん。いまのところは大丈夫」
「そう。じゃあ……私は王立図書館へ行くけど、あなたたちはどうする?」
「いっ、一緒に行く!」

 ちょうど、キャサリンのようすを見に行こうと思っていたところだった。体調を崩していないとよいのだが――。

「……俺も行く」
 まだどこか気まずそうなようすで、フィースはポツリと言った。


 三人は応接室を出て王立図書館へ向かう。閉館時間まであと少ししかないので、早足で廊下を歩く。
 王立図書館は城の敷地内にあるが独立していて、円筒形にドームを冠した古めかしい建物だ。
 ふだんは閉架書庫の書物ばかり漁っているので、円筒形の本館へは久方ぶりに立ち入る。
 なかへ入ると、カウンターの奥にキャサリンが座っていた。

「あら、皆様おそろいで」

 キャサリンが立ち上がる。アリシアはそそくさと彼女のもとへ駆けた。

「キャサリン、体調はどう?」
「えっ? 元気ですよ。なんともありません」
「そう……。よかった」

 アッカーソン侯爵邸の裏門では肌寒いなかを長時間、待たせてしまったので、彼女の体調が気掛かりだった。

「……でも、もし具合が悪くなったらいつでも言ってね! 私、キャサリンの代わりに頑張るから」
「ふふ、姫様がカウンターにいてくださるのですか? 何時間も図書館に缶詰ですよ?」

 キャサリンはアリシアがジッとしていられない性格――外遊びが好きなのを知っている。

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posted by 熊野まゆ at 05:50| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月21日

いたずらな花蜜2-05


「う、うん……。大丈夫、きっと頑張れる」

 両手にこぶしを作って意気込んでみせると、キャサリンは口もとを押さえてクスクスと笑った。彼女の視線がふとカウンターに向く。

「あ、そういえば……。姫様から今朝いただいた薔薇も、すごく元気ですよ」

 秘密の花園で摘み、キャサリンへの手土産にした萌黄色の薔薇は華奢な透明の花瓶に生けられ、カウンターの上に飾ってあった。

「本当? それはよかった――」

 萌黄色の薔薇を見つめる。すると、前に感じたのと同じ風を感じた。

「……――!!?」

 図書館の窓は閉まっている。あおぎでもしなければ、風など吹くはずがないのだが――。

『やっっほぉぉぉ〜っ♪』

 アリシアは口をあんぐりと開け、しばし呆然とした。
 目の前――カウンターの中空に、なにかがいる。

「え……なあに、いまの声は。フィース?」

 クレアがフィースを振り返る。

「まさか。俺はなにも言ってないよ」

 ふるふると首を振り、フィースはあたりを見まわした。

「えっ、あの、みんな……? どうして気にならないの?」

 アリシアはカウンターの上をフワフワと漂っているそれ――クマに蝶の羽が生えたような不思議な生き物を指さした。パタパタと羽ばたいてキャサリンの前をゆらゆらと飛んでいる。

「姫様? なんでしょうか」
「いえ、キャサリンじゃなくて……コレよ、コレ」
『むむっ、コレとは失敬な! 僕にはアドニスっていう崇高かつ気品にあふれた優美な名前があるんだからねっ!』
「わっ、またしゃべった」
『ひとを珍獣みたいに言わないでよね! 僕は花の精、アドニス様なんだから』
「花の精……? クマの幽霊じゃなくて?」
『クマぁ……!? ヤだな、あんな低俗な生き物と一緒にしないでよね』
「ちょっと、いまのは聞き捨てならないわね。熊は賢くて可愛いわよ」

 突然クレアが口を挟んだ。しかし彼女はあさってのほうを向いて憤然としている。やはり、この――自称、花の精アドニスの姿は自分にしか見えていない。声だけは、ほかの皆にも聞こえているようだが。

「アリシア、そこになにかいるのね?」

 クレアに訊かれ、アリシアはコクコクとうなずいた。

「うん。みんなには見えてないみたいね――」

 アリシアはアドニスの容姿を説明する。

「ええと、クマのような姿をしているんだけど蝶の羽が生えてて……全身が萌黄色ね。頭には小さな薔薇の冠が載ってる。瞳は、まあ……つぶらかしら」
『かしら――じゃなくて、つぶらな可愛いらしい瞳だよ! ちゃんと伝えてくれなくちゃ困るよぉ』

 アドニスは手足をバタバタと動かして息巻いている。なんとも騒がしい生き物だ。

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posted by 熊野まゆ at 05:28| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月22日

いたずらな花蜜2-06


「それにしても、どうして私にだけ見えるのかしら……」
『なぁんだ……そんなの、答えは簡単だよ! 僕がきみに取・り・憑・い・て・る・か・ら♪ いやぁ、ヒトに憑くのはいつ振りだろう』

 アリシアは目を丸くしてアドニスを見つめた。言いたいことが――文句がありすぎて、なにから言葉にすればよいのかわからず口をパクパクさせていると、

「もしかして、アリシアの体調不良はあなたのせい?」

 クレアが指摘した。アリシアは頭をコクンコクンと縦に振り、「そう、まずはそれ!」という意思を示す。

『そうだよぉぉん♪ アリシアの副交感神経にちょっとイタズラしてる!』

 アドニスは悪びれたようすもなく言った。クレアが言及する。

「なぜそんなことをするの? 迷惑だからやめてちょうだい。あと、アリシアに憑くのもご遠慮願いたいわ。アリシア、気味が悪いでしょう? こんな性悪に憑かれて」
「え、えと……」
『もうっ、さっきから失礼だね、あなた! 美人だけど、ひどい毒舌だ』
「なんとでも。とにかくいますぐアリシアのなかから出て行って」
『ヤぁぁだよ〜。探してもらいたいひとがいるんだ。そのひとを見つけてくれたら、話はべつだけど』
「ふうん……。初めからそれが目的で、アリシアに憑いて彼女を困らせているのね?」
『〜〜〜♪』

 アドニスはそ知らぬ顔で口笛を吹いている。いや、正確には口で「ひゅぅ」と言っているだけだ。口笛が吹けないのだろう。

(ええと……)

 頭のなかを整理しながらアドニスに尋ねる。

「あなたの探しているひとっていうのは、人間? それとも、あなたと同じように――」
『妖精だよ! とってもキュートで、きみやそこの金髪毒舌さんよりももっと素敵なんだ!』
「そう、なの……。でも、妖精なら……ほかのひとには見えないのよね?」
『そうだね。きみにはいま僕が憑いてるから、見える。だからきみには探せる。むしろきみにしか探せないよ、アリシア』

 アドニスはアリシアのまわりをぐるぐると飛びまわっている。

「……アリシアはこの国の姫なの。妖精探しなんてしてるひまないわ。ほかを当たってちょうだい」

 クレアが静かな声音で告げた。アドニスはすぐに反論する。

『ええっ、イヤだよ〜! 僕はアリシアのこと、けっこう気に入ってるんだから。たとえお願いされたって、金髪毒舌さんには憑かないよ!』
「なっ、私だって願いさげよ!」

 クレアのこめかみには青筋が立っている。

「ク、クレア……。落ち着いて」
「え、ええ……。ごめんなさい、つい。それにしても腹の立つ物言いをするわね、この妖精とやらは」
『ふ、ふぅぅん! と・に・か・く♪ 僕の愛しいひとが見つかるまで、アリシアのなかに居座るしイタズラも続けちゃうよっ』

 ああ、きっとこの口調がクレアを苛立たせるのだろう。


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posted by 熊野まゆ at 05:39| いたずらな花蜜《完結》

2016年05月23日

いたずらな花蜜2-07


「アリシア! 性悪妖精はどのあたりにいるの?」

 ひっつかまえてやるわ、と付け加えてクレアは眉間にシワを寄せている。

「こ、ここに……。あっ、違う、こっち! ああ、今度はこっち……。もう……っ! ブンブン飛びまわってて、つかまえられない」
『ブンブンっていうのは語弊があるね、アリシア。優雅にヒラヒラと、だよ! それに僕には実体がないから、つかめやしないよ。だから、あ・き・ら・め・て♪』

 その場にいた全員が「ふう」とため息をついた。
 一貫して静かに事の顛末を見守っていたフィースが口をひらく。

「結論としては、その妖精の願いを叶えるしかないみたいだな」
「そうですね……」

 キャサリンが同調してうなずく。
 アリシアはクレアに視線だけで確認を取る。

「……癪だけど、しかたがないわね」

 いかにもしぶしぶ、クレアも首を縦に振った。
 皆の了承を得たところで、アリシアはあらためてアドニスに向き合った。

「それで……探している妖精っていうのは、あなたの恋人かなにか?」
『うん、そうなんだ……。リリアンっていうんだ。素敵な名前でしょ。あ、名前だけじゃなくて、彼女自身もとってもプリティーだよ! 花園で、ふたり仲むつまじく過ごしていたんだけど――』

 別れはある日突然やって来た。アドニスの恋人妖精、リリアンが宿っていた花が、根ごと人間に持ち去られてしまったらしい。

『僕ら妖精は、憑いたものからそう遠くは離れられない。だから、いままで自力では探しに行けなかったんだ』

 それで、話のわかる唯一の動物――人間が、花園を訪れるのをずっと待っていたのだとアドニスは言った。

「それは……タイミングが悪かったな、アリシア」

 フィースは応接室にいたときと同じように、立ったまま腕を組んで壁に背中をあずけている。

『ええ〜? すごくいいタイミングだったと思うけどなぁ。むしろきみは僕に感謝してもいいくらいだよ、フィース!』
「はあっ!?」

 いきなり名指しされたからか、フィースは姿の見えない妖精に対してひどくうろたえた。

「か、勝手なことを言うなっ……!」

 なぜか気まずそうにコホンと咳払いをしてフィースは続ける。

「……とにかく。その、おまえの恋人が宿っている花を持ち去った人物のことを教えてくれ」
『うーん、ええと……』
「ひとりだけか? 花園に来たのは」
『ううん、何人かいたよ』
「性別は?」
『男ばっかり』
「その男たちの服装は?」

 職業柄なのか、フィースは尋問さながら、アドニスから情報を引き出していく。
 アリシアは黙ってふたり――フィースとアドニスのやり取りを聞いていた。

「――どうぞ、お座りください」
「ありがとう、キャサリン」

 キャサリンは図書館の事務室らしきところから椅子を三脚持ってきて、それぞれに座るよううながした。フィースには羊皮紙と羽根ペンを渡している。

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posted by 熊野まゆ at 06:19| いたずらな花蜜《完結》


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