2016年12月25日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 第一章06


「……診察室と寝室の掃除もきみに任せる。俺がいないときでもかまわない」
「っ、え」
「なんだ、不服か? きみはいつも仕事を欲しがっていただろう」

 ジェラルドは羽根ペンを机の角に置きエリスを振り返った。
 その一瞬、雲が晴れたのは偶然だろう。窓から差し込む陽光が、明るい表情になっているエリスをいっそう輝かせる。

「かしこまりました!」

 にこやかにほほえむエリスをジェラルドは黙って見つめていた。惚けているようにも見える。

「そ、それと……明日から毎朝、俺を起こしに来てくれ。ここのところどうも朝が弱い」
「はい」

 自然と声が弾む。仕事が掃除であることには変わりないけれど、範囲が広がったのは大きな進歩だ。
 ジェラルドはおもむろに引き出しを開け、鍵の束をエリスに手渡した。鍵のモチーフを説明する。

「ここの鍵は羽根、診察室は薔薇、寝室は熊だ」
「熊……ですか」

 それは確かに熊の形をした鍵だった。執務室の鍵が羽根なのはわかる。羽根ペンを模しているのだろう。診察室の鍵が白い薔薇なのは、庭に白薔薇が咲いていて診察室から垣間見えるからだ。しかし寝室の鍵が熊であることの理由はいくら考えてもわからなかった。

「あの、寝室の鍵はなぜ熊なのでしょう?」
「知らん。父親の代からそうだ」

 何だか最近はやけに熊に縁がある。

「そうですか。いえ、隣の図書館のカウンターにも熊の銅像があったので……。ご主人様は熊がお好きなのかと思いました」
「ああ、あれか……。兄さんに押し付けられたんだ。邪魔だから要らないと断ったら兄さんが勝手に図書館に置いていった。願いが叶うとか何とか言っていたな。まったく、馬鹿馬鹿しい」

 ジェラルドは「ふう」と疲れきった様子で長く息を吐いた。

(あの熊の銅像、願掛けをするためのものなの?)

 今度、図書館を訪ねたときにはこっそり願い事を言ってみよう。
 エリスは鍵を束ねるリングを持つ手にぎゅうっと力を込めた。


 鍵束を預かった翌朝、エリスはやや緊張した面持ちでジェラルドの寝室を訪ねた。一応ノックをして中の様子をうかがう。返事はやはりない。

(起こしに来たのだから、当然だけど)

 もしも彼が起床していたら早々にお役御免だったが、まだ寝ているのだろう。熊の形をした鍵を使って寝室の扉を開ける。
 寝室は広かった。家具らしきものがほとんどないのでよけいにそう感じる。むしろこれは本当に寝るためだけの部屋だ。
 キングサイズのベッドへ忍び足で近づく。

(いやいや、忍び足である必要なんてないじゃない)

 もっとも、カーペットはふかふかなので靴音はまったくといっていいほど響かないが。
 エリスはすうっと息を吸い込む。

「ご主人様。ご起床のお時間です」

 声を張り上げてそう告げても、我が主人《あるじ》は無反応だった。

「ねえ、起きてください」

 横たわるジェラルドの肩を掛け布ごとつかんで豪快に揺らす。これで起きなければ意識を失っていると思ったほうがいいかもしれない。
 長いまつ毛がピクンと震えた。翡翠色の瞳がわずかにまみえる。弓なりの眉が不愉快そうに歪んだ。エリスはジェラルドの顔をのぞき込む。

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posted by 熊野まゆ at 05:17| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》

2016年12月26日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 第一章07


「朝ですよ」
「………」

 寝ぼけているのか、ジェラルドのまぶたは相変わらず半開きだ。これはもう一度激しく揺さぶりをかけたほうがよさそうだ。
 エリスが右手を伸ばすと、ガシリとその手をつかまれた。それから視界と体勢がめまぐるしく変化した。いったいなにが起こっているのやら、とにかくいま言えるのはジェラルドの無駄に麗しい顔が目の前にあるということだ。
 ジェラルドはエリスをベッドに引き込み、彼女の上にまたがっていた。

「ご、ご主人様!」

 彼は裸だった。上半身だけではない。まじまじと見るわけにはいかないが、おそらく全裸だ。
 心臓が妙な鼓動を始める。こんなふうに高鳴るのはいまだかつて経験したことがない。

「……っ」

 ジェラルドの吐息が鼻をかすめる。このまま彼との距離が縮まったら唇が触れてしまう――。
 エリスはとっさに両手でジェラルドの頬をつかんだ。頬を指でつまんでそれぞれ左右に引っ張る。

「起きてください、ご主人様!」

 彼がこんなことをするのは寝ぼけているからに違いない。それならば完全に起こしてしまえばよいのだ。エリスはジェラルドの頬をつねる勢いで指に力を入れた。

「放せ、痛い」

 不機嫌そうに言われてパッと手放すと彼の頬はほんのりと赤みを帯びていた。

「申し訳ございません、痛かったですか?」
「よくもそう清々しく謝罪できるものだな。少しも悪いと思っていないんだろう」
「だってご主人様が寝ぼけていたから」

 ジェラルドは唇を引き結んで身を起こした。そのままベッドから離れていく。

「湯浴みするから手伝え」
「いまからですか?」
「そうだ。きみも服は脱げ。すべてだ」
「はあっ!?」

 エリスは素っ裸の男の背に驚きに満ちた視線を向ける。ジェラルドは浴室と思しき扉を開けようとしている。

「俺の湯浴みを手伝うときのメイドは皆そうだ」
「なっ、そんな……」

 本当にそうなのだろうか。

「で、でも」
「つべこべ言うな。俺は忙しいんだ。先に入っているからすぐに来い」

 ――ガチャッ、パタン。ジェラルドは扉を開けて中へ入っていった。これでは反論の余地がない。

(裸で、なんて……)

 扉の前をうろうろしながら逡巡する。

「おい、早くしろ」
「はいっ……」

 扉の向こうから急かされ、つい肯定を示す返事をしてしまった。

(ああ、もう……っ)

 おぼつかない足取りで扉を開けて中へ入る。透けた引き戸の先にジェラルドはいた。後ろ向きだ。

(ご主人様がずっと後ろを向いていてくれれば裸を見られずに済む)

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posted by 熊野まゆ at 05:08| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》

2016年12月27日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 第一章08


 ごくりと喉を鳴らし、エリスはメイド服を脱いでいった。引き戸を開け、控えめすぎる胸を隠しながらひたひたと歩き椅子に腰掛けるジェラルドに近づく。

(ご主人様の体を洗えばいいのよね……?)

 手近にあったバススポンジを石けんで泡立てて床に膝をつき、そっと広い背中にあてがう。すると薔薇の香りがふわりと広がった。

(……どこまで洗えばいいの)

 背中ばかり洗っているわけにはいかないが、このままの状態で前を洗うには彼に抱きつくような恰好になってしまう。かといってジェラルドの真正面にまわり込むのは憚《はばか》られる。自ら裸を見せに行くようなものだ。

(このままやるしかない。幸い胸は大して邪魔にならないし)

 エリスは意を決して彼の胸のほうへ片腕をまわした。バススポンジを手探りで肌に添わせる。懸命に彼を洗う。

「――っ!!」

 床についていた膝が滑ってしまったのかと初めは思った。しかしそうではなかった。エリスはジェラルドに腕を引っ張られて前のめりになった。彼の背に肌が密着する。ジェラルドに後ろから抱きついている状態だ。

「……思った通りの貧乳だ」

 彼のその言葉に顔面の熱が急上昇する。ジェラルドはこちらを振り返って胸を見たわけではない。背に当たる感触で大きさを判断したのだろう。

「ご主人様には関係のないことでしょうっ!?」

 エリスはやけになり、バススポンジを持つ手をせわしなく動かした。

「のんびりしていたら診察時刻が遅れます。無駄口たたいて邪魔するのはやめてくださいっ」
「休診日だから問題ない」
「さっきは忙しいって言ったくせに」

 独り言のようにエリスはつぶやいた。ジェラルドはしばらくなにも言葉を発しなかった。

「……きみに看護助手を命じる。テストに合格すれば、の話だが。夕刻、診察室に来い」

 バススポンジを握るエリスの手が、ピクンと跳ねた。


 ジェラルドの寝室と執務室、それから診察室の掃除を終えたエリスは早足で使用人宿舎へ向かっていた。

(テストに合格すれば看護助手ができる……!)

 じつは少し前からそのポストを狙っていた。現状、ジェラルドは一人で診察を行なっているが、診療規模を考えると看護助手が一人くらいは必要だと思っていた。
 掃除が嫌だというわけではないが、ほかの仕事もやってみたい。今以上のやりがいがあるに違いない。
 テストに合格するためエリスは自室に置いている、図書館で借りた医学書を読んで復習することにした。

「エリス、そんなに急いでどうしたの」

 伯爵邸の裏口のところで声を掛けられた。メイド頭のニーナだ。

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posted by 熊野まゆ at 05:10| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》

2016年12月28日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 第一章09


「じつは――」

 エリスはテストに合格すれば看護助手ができる旨を説明した。ニーナは「それは大進歩じゃない! あなたをジェラルド様付きにしてよかった。私の目に狂いはなかったわ」と得意げに言い、笑みを深める。

(あ、そういえば……)

 エリスは頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつけてみることにした。

「あの、ご主人様の湯浴みをお手伝いするときなのですが――」
「ああ、坊っちゃまは湯浴みは一人でなさるからそこは気にしなくて大丈夫よ」
「そっ……う、ですか。わかりました」

 エリスはニーナに会釈をして伯爵邸を出た。

(やっぱり! 私の貧乳を確かめるためにわざわざ裸で入らせたんだわ。なんて嫌な人なの。こうなったら絶対にテストに合格して目にもの見せてやるんだから)

 両手にこぶしを作って意気込み、エリスは鼻息を荒くして宿舎へと駆けた。


 夕方、診察室を訪ねるとジェラルドはカルテの整理をしていた。休診日だからなのか白衣は羽織っておらず、ドレスシャツにクラヴァットを締め、その上にジレを着ているだけだった。

「ここに座れ。一問でも間違えれば仕置きだ」
「……はい」

 ふだんはジェラルドが座っているであろう椅子に腰を下ろす。机の上には羊皮紙が何枚か置いてあった。手書きで問題が綴られ、そのあとには空白がある。そこが解答欄ということなのだろう。

「ペンをお借りしても?」
「ああ」

 羽根ペンを拝借して問題に取り組む。ジェラルドはというと、腕を組んで窓ぎわにたたずんでいる。
 一問目、二問目と解き進めていく。どうやら記述式の問いばかりだ。こういう場合はどうする、といったような対処方法を解答する。問題は考えていたよりも難しくない。基本的なことを問われている。

(これなら……!)

 エリスは心を弾ませてペン先をスラスラと走らせる。残すところ一問となったところで、ペン先は勢いを失ってピタリと止まった。
 問題の意味が難解すぎてわからない。最後の一問だけはそれまでのものとまったく違っていて、対処方法を記述するものではなかった。見たことのない記号とそれから数字がひたすらに並んでおり、その解を求めよというものだ。

「……解き終わったか?」

 不意に声を掛けられ、ビクリと肩を震わせる。

「い、いえ……その」
「あと10分だ」

 ああ、これはもはや絶望的だ。時間があっても答えが出せそうにない。数式を知らぬことには解など出せるはずもない。

「……終わりました」

 ジェラルドに羊皮紙を差し出す。最後の問いは空白のままだ。

「そのまま待て」

 椅子から立ち上がろうとしていると、彼の方が近づいてきて羊皮紙を受け取った。答案に目を通していく。

(最後は無解答なんだもの。結果はわかりきってる)

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posted by 熊野まゆ at 04:41| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》

2016年12月29日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 第一章10


 エリスはこうべを垂れていた。落ち込んでいるところにジェラルドが追い打ちをかける。

「最後の問いは解答放棄か? ……さあ、仕置きの時間だ」

 なぜ笑みを浮かべているのだ。ジェラルドは初めからエリスに看護助手をさせる気はなかったということなのだろうか。

(そうよ……だって最後の問いはあんまりだわ)

 クラヴァットを解いていくジェラルドをエリスはじいっとにらみ上げる。彼がなぜクラヴァットを解いているのか考えもせずに。

「じっとしていろよ」
「――っ、え?」

 ジェラルドは椅子の背とエリスの体を一緒くたにクラヴァットで縛り上げた。

「ちょっ、なにをなさるんですか!」
「仕置きの時間だと言っただろう」

 両腕も胴体と同じくクラヴァットを巻き付けられているので身動きが取れない。足だけは自由になるけれど、立ち上がったところで椅子を背負って歩くことになってしまう。
 ジェラルドの手がエリスの胸もとに伸びる。細く赤いリボンを解き、白いブラウスと紺色のメイド服のボタンを外す。ここまでくれば彼がなにをしようとしているのか容易に想像がつく。

「や、やめてください! どうして……」

 外すのならば腰のあたりに巻き付いているクラヴァットにして欲しい。しかし願いは虚しく、ジェラルドはエリスのシュミーズの前を手際よく開け広げにした。
 ――見られている。視線は無遠慮にむき出しの胸に集中している。

「……やはり小さいな。どこにあるのかわからないくらい。羽根で探ってみるとするか」
「……!?」

 落胆の最中《さなか》に湧き起こったのは憤りと驚きだ。言葉が出ない。
 ジェラルドは羽根ペンを手に取った。しかしそれは書き物をするときの持ち方ではなかった。羽根のほうをエリスに向けている。

「……っ、や」

 首のあたりを真っ白な羽根が撫でる。それがあまりにもくすぐったくて、首をかきむしりたくなった。

「ぁ……ッ」

 羽根はどんどん下りていく。なだらかな丘稜をゆっくりと辿り薄桃色に差しかかる。その瞬間、意図せず体がビクリと跳ね上がった。椅子がガタッと音を立てる。

「小さくともきちんと……いやらしく反応するんだな」

 エリスはあごを引いて小さく首を横に振った。

(いやらしい反応だなんて……!)

 そんなことはないと声を大にして言いたいのに、絶えず乳頭を羽根で撫でつけられていては話をするどころではなかった。

(くすぐったいだけ……それだけなんだから)

 羽根で何度も乳首をなぶられているうちにそこは硬さを増した。そうなるとよけいに羽根の感触が如実になった。

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posted by 熊野まゆ at 05:15| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》


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