2018年04月22日

双鬼と紅の戯曲 序章01


 初めて鈴音《すずね》の味を知ったのは、年齢を片手で数えられるころ。


「――きょくやさま、はやくっ! こっちに!」

 鈴音は幼いころは天真爛漫な女の子だった。
 それはきっと、次期国主だとか侍女の家系だとか、そういったことを気にしていなかったからだ。

「まてまてーっ」

 弟の白夜《びゃくや》が大声を出しながら追いかけてくる。
 いま思えば、鬼ごっことはなんとも滑稽な話だ。『ごっこ』ではなく、まぎれもなく『鬼』だというのに。
 手招きをする鈴音に対して、極夜《きょくや》はうなるように「んん」と返事をした。双子の弟、白夜がよくしゃべるからか、どうも口数が少なくなってしまう。
 鈴音にいざなわれ極夜は茂みのなかに身を隠した。

「ここならきっとみつからないよ」

 どうやらこの茂みにひそんで白夜をやり過ごそうという作戦だ。

(白夜は鼻がいいから、こんなところに隠れていてもすぐに見つかる)

 そう思ったが、しょせんは遊びだ。見つかってもべつにかまわない。
 極夜はなにも言わず、茂みのなかで膝を抱えて縮こまる。
 いっぽう鈴音は極夜のとなりでそわそわと落ち着かないようすであたりをうかがっていた。茂みから頭を出したり引っ込めたりと、忙しない。

「――っ」

 鈴音が声のない悲鳴を上げる。
 それからすぐに漂ってきた『匂い』で、鈴音のほうを見ずとも何が起こったのかわかった。

「いたた……」

 小枝で指を擦りむいた鈴音は痛そうに傷口のまわりをさすっていた。
 血が、にじんでいる。
 それを目にしたとたん、心臓がドクッと大きく跳ねた。
 目の前が白くなったり黒くなったりと、めまぐるしく変化する。
 鈴音の顔が二重に見えた。全身の血がたぎるように熱い。脈も早い。自分はいったいどうしてしまったのだろう。
 これ以上、彼女のそばにいてはまずいことになると直感した。
 極夜は鈴音に背を向け、立ち上がろうとする。

「まって、きょくやさま。みつかっちゃうよ」
「……ッ!」

 手首をつかまれた極夜はビクッ、と大きく体を震わせた。

「……きょくやさま?」

 極夜のようすがおかしいことに気がついた鈴音は不思議そう首を傾げ、彼の顔をのぞき込む。
 血の匂いが、濃くなった。

(ああ……だめだ)

 極夜の瞳が紅く燃え上がる。
 細い手首をつかみ、にじみ出ている血をちゅっと口をすぼめてすする。鈴音は目を丸くしている。

(……うまい)

 極夜は喉を鳴らし、鈴音の体を抱き寄せた。
 決して、そうしようと思ってしたわけではない。気がつけば白い首すじに牙を突き立てていた。

「きょく、や、さま――」

 か細い声。いまにも消え入りそうな、はかなげな声。
 加減を知らず鈴音の血をむさぼったあの日以来、彼女を常にそばに置くようになった。
 それは、子どもじみた独占欲。
 二十歳になったいまも、変わらずその欲を持ち続けている。


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posted by 熊野まゆ at 05:34| 双鬼と紅の戯曲《完結》

双鬼と紅の戯曲 序章02


 琴の音が聞こえる。鈴音が奏でているのだろう。
 あまり上手とは言えない。それでも耳に心地よく響くのは、彼女が懸命に弦を弾く姿を想像して愛しくなるからだ。
 大広間の上段にあぐらをかき、肘掛けに片肘をついて座っていた極夜のもとに、侍従がやってきた。うやうやしく書状を差し出してくる。
 どうせろくな内容ではないだろうな、と思いながらも書状を受け取り、内容を確かめる。
 極夜は書状を最後まで読み終わると、片手でくしゃくしゃに丸めて下段に放った。
 頭を低くして待機していた侍従は困り顔でその書状を拾い上げて紙のしわを伸ばす。

「……いかがなさいますか?」
「いましがた示しただろう」

 要するに、丸めてポイだ。
 侍従は眉を下げたまま「お言葉ですが」と話を切り出す。

「暁国《ぎょうこく》の二の姫はすでに出立したと記してありますので、間もなくこの城に到着なさるかと」

 極夜は視線を広間の隅に投げたまま「はぁ」と大げさなため息をついた。
 侍従は申し訳なさそうな顔のまま一礼して去っていく。

(よく知らぬ相手と結婚などできるか)

 極夜は仏頂面で私室へ戻る。もうすぐ午後の茶の時間だ。
 床柱に背を預けて片膝を立て、彼女がやってくるのを待つ。鈴音に会えるのをこんなにも心待ちにしているのだということを、彼女は知らないだろう。

「失礼します」

 凛とした声が響いた。極夜は「ああ」とだけ答える。
 本当は「待っていた!」と叫び出したいくらいだが、もう二十年近くこういうふうに振る舞ってきたのだ。いまさら口下手は治らない。
 音もなくふすまが開き、廊下に正座した鈴音が現れる。茶碗と、それから菓子が載った四方盆を前へすすめ、両手を畳の上につき、にじって部屋のなかへ入ってくる。

(……昔は可愛らしいと思っていたが、いまは)

 艶のある真っすぐな黒い髪の毛はうしろでひとまとめにしてある。目鼻立ちはバランスがよく、唇はいつだってみずみずしい。
 極夜は鈴音の美しさにいつも見とれる。今日の菓子がなんなのかということよりも、彼女の美貌を眺めることのほうが一興だ。
 極夜は差し出された菓子と茶を口に入れる。そのあいだ、部屋は静まり返っていた。

(……なにか話さねば)

 だがなにも思いつかない。
 鈴音は目を伏せて部屋の隅に正座している。いつだったか、なぜ目を合わせないのだと勇気を振り絞って尋ねると、母親から「身分の高いお方の目をじいっと見つめてはいけない」と注意を受けたと言っていた。

(なぜ俺はあのとき――そんなこと気にするなと言わなかったのだろう)

 彼女が目も合わせてくれないのが悲しい。面白おかしい話でもして笑わせたいのに、頭のなかは鈴音が今日も美しいということばかりで話題が浮かばない。じつにふがいない。


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posted by 熊野まゆ at 05:35| 双鬼と紅の戯曲《完結》

双鬼と紅の戯曲 序章03


 茶と菓子をさっさと平らげた極夜は無言で鈴音を手招きした。鈴音は長いまつ毛を一瞬だけ上向けたあと、静かに立ち上がって極夜に近寄り、ふたたび膝を折って座る。
 鈴音はきゅっと下唇を噛んで、淡いピンク色の着物の帯を解いて衿ぐりをゆるめ、首すじを差し出してきた。
 いつものことながら、白い首すじをあらわにした鈴音には吸血欲以外のものもおおいに刺激される。
 極夜は鈴音の体を正面から抱き寄せ、赤い舌をのぞかせた。むきだしの首すじをべろりと一舐めすると、鈴音はピクッと小さく肩を震わせた。こういう反応も、たまらない。たまらなく情欲をかき立てられる。
 何度かそうして首すじを舐めたあと、控えめに牙を突き立てて血を吸った。
 そうして舐めたり、吸ったりを繰り返す。

「んっ……」

 いささか強く肌を吸ってしまった。痛かっただろうかと申し訳ない気持ちになりながらも、その艶っぽい声にぞくぞくして感情まで昂る。

「おまえは俺の糧だ」

 ――ああ、違う。こういう言い方は彼女を怖がらせるだけなのに。
 鈴音の顔が曇る。極夜はあわてて血を吸った。そうすることで彼女の刹那的な感情を読み取ることができるからだ。それは双鬼一族が持つ特殊な能力だという。

(やはり……悲しんでいる)

 彼女の血と笑顔で俺というものが成り立っている。そう伝えたいのに『糧』とはずいぶんな言い草だ。明らかに言葉が足りない。

(違うのだと言わなければ……)

 いまのは違う、と言って――それからどうする?
 素直に気持ちを伝えられる性格ならば、これほど悩みはしない。

(それにしても……鈴音はいい)

 極夜は鈴音の華奢な背を撫で上げながら、少しずつ時間をかけて吸血する。できるだけ長く鈴音と触れ合っていたいから。
 もうずっと彼女のとりこだ。そばにいないと恋しくなるし、この腕に抱いていれば放したくない。

(だが鈴音は……俺のことを恐れている)

 人の生き血をすする吸血鬼など、恐れられて当然だ。
 愛している、とささやいたところで迷惑がられるだけだろう。
 心のなかでは何度だって言った。「愛している。ずっとそばにいて欲しい」と。

(……怖い。鈴音がどんな顔をするのか)

 極夜は固く目を閉ざし、鈴音の体を両手できつく抱きしめる。
 彼女の体は力をなくしていた。吸血のあとはたいてい、鈴音は眠ってしまう。吸血鬼の唾液には催眠作用があるらしい。
 極夜は眠ってしまった鈴音の体を片腕で支えながら着物の衿合わせを乱す。
 吸血欲はすでにおさまっている。いまあるのは肉欲ばかりだ。


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posted by 熊野まゆ at 05:36| 双鬼と紅の戯曲《完結》

双鬼と紅の戯曲 序章04


 このところ吸血することよりもそういった欲のほうが強くなっているような気がする。
 ゆるくなった着物の衿をなかの襦袢《じゅばん》ごと左右に開いて肩から落とす。
 なめらかな肌に両手を添え、いましがた血をすすった首すじから鎖骨、ふくらみのほうへと撫で下ろす。
 鈴音はよほど眠りが深いのか、ぴくりともしない。穏やかな寝息だけが聞こえる。

(日に日に女性らしくなっていく)

 胸のふくらみはとくにそうだ。
 極夜は喉を鳴らし、柔らかくまろやかな乳房を手にすっぽりとおさめてゆっくりと揉みしだく。

「んん……」

 鈴音がうなりながら身じろぎすると、極夜は乳房をつかんでいた手をパッと放した。
 どきどきしながら、しばらくようすを見る。
 腕のなかで横向きになったまま、鈴音はまた「すぅすぅ」と寝息を立てている。
 極夜は「ふぅ」と息をつき、ふくらみの色づいた先端を指先でツンッとつつく。
 ざらついているようでしっとりとしたそこを指でつまんでこねるのが愉しくてたまらない。

(いつまででもさわっていたくなる)

 しなやかで柔らかい乳頭の感触はいつまでたっても飽きない。
 極夜は薄桃色の棘を指でいじりながら鈴音の体をそっと畳の上に寝かせる。

「ふ……」

 鈴音が反対側に寝返りを打ったので、彼女の体を飛び越えて顔が見えるほうに移動する。
 鈴音の胸もとに顔を寄せてからあらためて乳頭を指でつまみ、もう片方には舌を這わせた。
 鮮やかな色の胸飾りを口に含み、ちゅっと吸い立てる。
 自分でもわからない。なぜこのように――赤ん坊のように乳首を吸いたくなるのだろう。
 わからないが、こうすることで肉欲が満たされるのは間違いなかった。
 右の乳頭をちゅうちゅうと水音を立てて粒を舐めしゃぶり、左の乳房をぐにゃぐにゃと揉みまわす。
 胸のすべてをさんざんいじくりまわしたあとは、着物の裾を左右にかきわけて脚の付け根をあらわにする。
 力の入っていない両脚をそっと開かせ、浅い茂みや蜜のあふれ口、その上の小さな豆粒をしげしげと見つめる。
 小さな口はわずかに蜜をこぼしていた。乳首を刺激したことによる生理現象だろう。
 極夜は指先で蜜を絡め取り、すぐ上の肉粒に塗りつけた。鈴音が「んん」と声を漏らして眉根を寄せるものだから、あわてて手を引っ込めた。
 極夜は大きく息をつく。
 こうして鈴音の全身を隅々まで見まわすことが、吸血後の秘かな楽しみだ。
 彼女がこれを知ったらどういう顔をするだろう。あの漏れ出るような色っぽい声をもっと聞かせてくれるだろうか。

(いや……だめだ)

 聞いてみたいが、彼女が目覚めているときにこんなことをしたら――絶対に軽蔑される。
 だから、この愚行は決して知られてはならない。

 ――極夜は鈴音を人知れず愛でる。


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posted by 熊野まゆ at 05:37| 双鬼と紅の戯曲《完結》

双鬼と紅の戯曲 第一章01


 目覚めるといつも、そこに主《あるじ》の姿はない。
 布団のなかで目を覚ました鈴音はむくりと起き上がり、部屋のなかを見まわした。
 枕もとには水が入った湯呑みと、鉄分豊富な外来種の果物が小皿に載せて置いてある。
 この部屋の主である極夜の姿はどこにもない。
 鈴音は両頬に手を当ててうつむく。

(また、へんな夢を見ちゃった……)

 秘かに恋い焦がれる極夜に、体の隅々まで愛されている夢だ。

(私ったら……欲求不満なのかしら)

 自身の胸もとをじいっと見つめる。
 いつも疑問に思う。彼に給仕したあとは着物が寝間着に変わっているのだ。
 いったいだれが着替えを――と思うが、思い当たるのは一人しかいない

(極夜さまが……着替えを……してくださっているのよね)

 申し訳ない気持ちが先に立ち、どうにもいたたまれなくなる。
 彼は言葉数こそ少ないものの、とても優しい男性だ。

(着替えをしてくださるし、貧血にならないよう果物を用意してくださるし)

 そして、あの美貌だ。
 この紅国《こうこく》における唯一無二の君主、極夜。
 彼は、双鬼一族と暁光一族が統合されるきっかけになった先々代の双鬼当主、哉詫《かなた》の生き写しなのだという。

(双鬼一族はきっと美形ぞろいなのだわ)

 極夜のことは彼がそこにいなくても鮮明に思い出せる。もう二十年近くそばで見てきたのだ。本人を見ずとも姿絵を起こせる自信がある。
 艶のある黒髪はいつだって光の輪を冠している。整った目鼻立ちはだれかが完璧に描いたのではないかと疑ってしまうほどだ。
 薄茶色の透き通った瞳は吸血のときにだけ紅くなる。それはまるで瞳に炎が宿ったようで、神秘的だ。

(私は、極夜さまの糧――)

 眠る前に彼が言ったことだ。

(きっと、私が勘違いをして差し出がましいまねをしないように、と……釘をお刺しになったのだわ)

 いまはまだ独身の彼だが、いずれは身分の高い女性と結婚するだろう。
 吸血されているとき、まるで愛されているような錯覚に陥る。きっと彼にもそういう誤解を与えている自覚があって、「愛人にして欲しい」などと言われないように『ただの糧でしかない』と言い切ったのだ。
 鈴音は瞳にうっすらと涙を浮かべてうつむく。

(私が……どこかの国のお姫様だったら)

 そうしたら、極夜は自分を娶ってくれただろうか。
 いや、ないものねだりをしても仕方がない。
 それに、代々双鬼一族の侍女、侍従として一心に彼らに仕えてきた我が家系を誇りに思っている。そしてその職務をまっとうしたいとも。

(うん、頑張る)

 鈴音が両頬をパン、パンッと叩いたときだった。

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posted by 熊野まゆ at 05:37| 双鬼と紅の戯曲《完結》


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