2018年04月25日

双鬼と紅の戯曲 第一章02


 目の前のふすまがすうっと開いた。
 突如、現れた極夜を見て鈴音の胸はトクンと高鳴る。

「お、おかえりなさいませ」

 鈴音はあわてて布団から出た。主の部屋でいつまでも眠っていては、侍女失格だ。
 急に立ち上がったからか、足もとがおぼつかずふらつく。
 倒れそうになった鈴音の体を、極夜は抱きしめるようにして支えた。

「……っ!」

 たくましい腕に抱きとめられ、瞬く間に頬が熱くなる。

「申し訳ございません」
「……ん」

 うなるような美声が耳のすぐそばで響く。時が止まってしまったように感じているのは、自分だけ。
 転びそうになったところを助けてくれただけなのだ。抱擁ではない。

(極夜さまは本当にお優しい)

 でも、それがよけいにつらい。いっそのこと、ぞんざいに扱ってくれたなら、とも思う。

(ううん、欲張ってはいけない)

 そばにいられるだけでも大変な栄誉なのだ。彼にあれこれと不満を抱くのはお門違いである。
 鈴音は深く頭を下げて極夜から離れた。首すじのあたりに手を当ててあらぬほうを見ていた極夜だが、その手をゆっくりと下ろして帯をゆるめはじめる。

(あ、お召し替えなさるのね)

 いま彼が着ているのは謁見や会合といった公的な場でまとう着物だ。
 重厚な生地の着物を受け取り、衣紋掛けに通す。それからべつの――普段着の――着物を持って彼のもとへ戻る。極夜は無言で袖を通す。この着物でよかったようだ。

「……庭へ出る」

 それは「庭を散歩するからついてこい」という意味なのだと、最近になってようやく理解した。
 鈴音は「はい」と返事をして彼についていく。
 城の庭は迷ってしまいそうなほど広大で、そして入り組んでいる。実際、幼いころには何度か迷子になってしまった。そのたびに見つけ出してくれたのが極夜だ。

(いまでもきっと、一人で歩いていたら迷う)

 森のように木々が生い茂った小道はどこも同じような風景なのだ。むしろ極夜はなぜ迷わないのだろうと疑問にすら思う。
 鈴音は極夜の背を追いかけてひたすら歩く。いったいどこへ向かっているのだろう。
 途中、茂みをかきわけて進むこともあった。枝木をかきわけてくれたのは極夜なので、鈴音は難なく先へ行くことができた。

「わぁ……!」

 初めて来る場所だった。季節の花が咲き乱れる野原だ。
 鈴音は惚け顔で「きれい」とつぶやく。
 極夜はそばにあった平らな岩の上に腰を下ろした。こちらをじいっと見つめてくる。
 「なんだろう?」と思いながら首を傾げると、彼は岩の上をポン、と叩いた。

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posted by 熊野まゆ at 04:48| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年04月28日

双鬼と紅の戯曲 第一章03



(となりに座れ――ってこと?)

 鈴音は「失礼します」と言っておずおずと極夜のとなりに腰掛ける。
 ちらりと彼を見やると、どことなく満足そうだった。

(一人で花を見てもつまらないものね。ああ、そうだ。私なりの感想を述べよう)

 そうすれば、少しは彼を楽しませることができるかもしれない。
 鈴音は顔をほころばせ、咲き誇る花々を指さしながら「あの花の色が好きだ」とか「あれは珍しい形だ」と思ったままを話した。
 極夜はというと、「そうか」というような短いあいづちばかり打つのだが、それはいつものことなので気にならない。

(極夜さまとこうしてたわいない話をするの、楽しい)

 いつまでもこうしていたい。この幸せが、ずっと続けばいい――。



「け――っこん!?」

 庭から戻り、極夜と別れて自室へ戻ろうとしているときだった。

「うん、そうなんだよねー」

 極夜の双子の弟である白夜《びゃくや》に廊下で呼び止められ、彼と立ち話をすることになった。
 鈴音はしばらく開いた口が塞がらなかった。

(それは……いつかはそうなると思っていたけれど)

 白夜の話では、暁国の二の姫から婚約の申し入れがあったらしい。そして、かの姫は明日にでもこの城に到着するとのことだ。

(極夜さまが、ご結婚なさる……)

 陽が沈み、薄暗くなった廊下で鈴音は呆然と立ち尽くした。
 すっかり意気消沈している鈴音を見て、白夜は「うーん」とうなりながら腕を組んだ。

「まぁなんていうか、政略結婚みたいなもんだよね。そうそう、暁国の二の姫っていったら、ものすごい美人らしいよ?」
「そう……なのですか」

 白夜の話は耳に入ってくるものの、脳が理解することを拒んでいるのか、言葉の意味をいまいち噛み砕けない。
 鈴音は呆けたまま白夜と向かい合う。
 極夜と白夜は双子なので顔はそっくりだが、髪の色が違う。白夜はまばゆいまでの金髪だ。それから、性格もだいぶん異なっている。白夜はよくしゃべるし、おせっかい――もとい、世話好きだ。

「鈴音はさぁ、いまのままでいいわけ?」

 ――白夜はなにを言いたいのだろう。

「……私はただの侍女ですから」

 望んで手に入るのならばそうしたい。しかし、侍女でしかない自分が極夜に求婚したところで、迷惑になるだけだ。
 すると白夜はむくれ顔になった。

「まあ、俺がとやかく言うことじゃないけど……。後悔しても知らないからね」

 白夜は「ふんっ」と鼻息を荒くしてきびすを返す。
 そのうしろ姿を、鈴音は焦点の合わぬ瞳で見送った。

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posted by 熊野まゆ at 04:25| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年04月29日

双鬼と紅の戯曲 第一章04


 極夜が結婚するのだと聞いた翌日。
 茶と血の給仕の時間がやってくるのを、二十年間で初めて憂鬱に感じた。
 このふすまを開けるのは気が進まない。けれど、「彼が結婚するからつらい」などという身勝手な理由で侍女の職務を放棄するわけにはいかない。
 鈴音は極夜の部屋の前に座り、「失礼します」と声を上げた。なかからはいつもどおり「ああ」という極夜の言葉が返ってくる。
 ふすまの取っ手に右手を掛けてほんの少し開く。そのあとはふすまの下部に手を当てて右へ押し開く。慣れた動作だというのに、今日はふすまがやけに重く感じる。
 鈴音は極夜の顔を少しも見ることなく茶と菓子を差し出した。部屋の隅で待機する。
 菓子を食べる音、茶を飲む音が聞こえてくる。彼はあいかわらず飲み食いが早い。

「……どうかしたか?」

 よほど浮かない顔をしていたのか、珍しく極夜に話しかけられた。

「あ、ええと、その……」

 鈴音はうつむいたまま視線をさまよわせた。浮かない顔の理由を素直に話すべきだろうか。

(ううん、だめ……。困らせたくない)

 鈴音は大きく息を吸い込む。

「極夜さまはご結婚なさるとお聞きしました。おめでとうございます」

 そうして一息に言ってしまったあとで、目頭が熱くなった。
 お祝いの言葉なんて言いたくなかった。
 結婚なんてして欲しくない。
 ほかのだれかがこの部屋で彼と仲睦まじく過ごすところなんて、見たくない――。
 泣きそうになっているのを知られないように、めいっぱいうつむいて唇を噛み締める。
 だから、彼がすぐそばにきているということに気がつかなかった。
 腕を引かれ、腰を抱かれる。ごく間近で顔を突き合わせる。

「――っ!?」

 彼の麗しい顔をこれほど近くで見るのは初めてだから、瞬く間に緊張してのぼせ上がる。
 極夜はなにか言いかけた。しかし言葉はなく、鈴音が身に着けている若草色の着物の帯を強引に解いてゆるめる。
 あまりにも強くそうされたものだから、着物の衿合わせがはらりと左右に開いた。

「あっ」

 あわてて胸もとを押さえると、首すじに鋭い痛みが走った。極夜が牙を突き立てたのだ。

「んっ……!」

 いつもの吸血よりも格段に荒々しい。肌を舐めて慣らすようなこともなかった。
 それでも、吸血による快楽はふだんと変わらずもたらされる。
 彼に血をすすられると、まるで性感帯を刺激されているような心地になるのだ。
 そのことに気がついたのは五年ほど前だが、性的快感を得ているのだとは知られたくなくてだれにも打ち明けていない。もっとも、極夜はほかの女性を吸血しないので、ほかにはだれも知りえないことだ。

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posted by 熊野まゆ at 05:55| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月04日

双鬼と紅の戯曲 第一章05



(でも、ご結婚なさればきっと、ほかの――伴侶となった女性を吸血なさる)

 この快楽を、彼はほかの女性にも与えるのだ。
 自分のなかですさまじいまでの嫉妬心が燃え上がるのを感じた。はらわたが煮えくり返るというのはいまのような状態に違いない。

(イヤ……極夜さまをひとり占めしたい)

 鈴音はそっと、彼の広い背中に腕をまわす。すると極夜は驚いたように肩を跳ねさせた。
 吸血をやめて顔を上げる。けげんな表情だ。いや、怒っているのだろうか。

(でも、どうして?)

 なぜ彼が怒っているのか、皆目見当がつかない。なにか失礼なことをしただろうか。
 極夜はギリッ、と奥歯を鳴らしてふたたび鈴音の首すじに顔をうずめる。

「ふ、っ……」

 彼の両手が体を撫でまわしている。ゆるんだ着物の背を撫でたあと、前のほうへとやってきて、開いた衿合わせの内側へするりと入り込む。

「……!!?」

 驚きのあまり声が出ない。
 胸を、さわられている。
 鈴音の双乳をわしづかみにした極夜の両手は豊かなふくらみを押しつぶすようにしてぐにゃぐにゃと揉みまわす。

「ん、んんっ……!」

 カァァッ、と羞恥による熱が頬に込み上げる。しかし同時に快感も立ちのぼってきた。そんな――不埒な自分に困惑してしまう。
 極夜はいったん牙を抜き、にじんだ血をぺろりと一舐めした。
 とろけきった顔で「は、はっ」と短く喘ぐ鈴音の顔を凝視する。

「……悦《い》いのか?」
「――っ!!」

 顔が、火を噴きそうなほど熱い。耳まで朱に染まった鈴音の顔から少しも目を逸らさず、極夜は片手で彼女の手首をつかみ、唇を寄せる。
 鈴音の手首にちゅっと口づけたあと、なめらかな柔肌を穢《けが》すように浅く牙を突き立てる。

「……っ、ぅ」

 極夜は鈴音の乳房をあらためてつかみ、揉み込みながら薄桃色の先端を指のあいだに挟む。

「ん、ぁっ……!」

 触れられているのは胸だというのに、どうしてか下半身の奥底がゾクンッとうずく。
 指のあいだに挟まれた乳頭をくにくにと小さく踊らされ、自分でも聞いたことのないような声が漏れ出る。手首からの吸血もあいまって、すさまじいまでの快感が湧き起こる。

「あぁ……んっ、ンンッ!」

 頬を紅潮させ、乱れた着物で高い声を上げる鈴音を目に焼きつけるように極夜は彼女を見つめ続ける。
 その視線にまた快感を煽られる。
 刹那でもいい。
 彼の牙を――あらゆる興味を、独占したい。
 なんて淫らなことを願っているのだろう。
 それでも、彼に触れられたかった。

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posted by 熊野まゆ at 05:34| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月05日

双鬼と紅の戯曲 第二章01


 暁国二の姫、椿《つばき》はむくれ顔で手綱を取っていた。

「素性も知れぬ相手となんて、私は絶対に結婚しないからね!」

 並走する従者に向かって声を張り上げる。従者の瀧《たき》は椿に負けぬ大声で言葉を返す。

「素性は知れていますよ! 紅国の君主です! 案外、一目惚れするかもしれませんよっ」
「――っ、まさか!」

 椿は憤然とそう言って馬をたきつける。
 暁城《あかつきじょう》の古株たちに強く推されて出てきたものの、椿は紅国の君主と結婚する気はなかった。まして、瀧が言うように「一目惚れ」するなど絶対にありえない。

(まぁ、ほかに好きな人がいるわけじゃないけど)

 それでも、城の古狸たちの思惑どおり政略結婚するのは癪《しゃく》だ。

(とにかく、紅の城に行ったという事実があればいいのよ)

 そのあとは「紅の王には気に入られなかった」とでも言って暁の城に戻ればよいのだ。
 椿は「うん、うん」と小さくつぶやきながら天を仰いだ。
 空は雲一つなく、遠くまで限りなく澄んだ青が広がっている。
 馬上で受ける風は爽やかで、暑すぎず寒すぎず、ほどよい気候だ。
 まわりが勝手に決めた婚約相手に会いに行くのは億劫だが、こうして天気のよい日にみずから馬を走らせるのは気分がいい。小旅行と思えば悪くない。
 椿は満面の笑みになって片足で愛馬を優しくまくし立て、スピードを上げる。

「ちょっと、姫様! 速すぎますよっ」
「あなたが遅いのよ!」

 大きく息を吸い込み、長く吐き出しながらぐるりとあたりを見まわす。なにか新しい発見はないかと、心を躍らせながら。

「――あっ、見て! 茶屋があるわ。寄りましょう」
「はぁ!?」

 瓦屋根の小さな建物だ。『茶屋』と大きく書かれたのれんが見える。
 椿は茶屋のすぐそばの木陰で馬をとめた。

「だってお腹が空いたわ。ほら、おいしいお団子ありますって書いてある。お客さんもとても多いわ。きっと本当においしいのよ」

 木の幹に手綱を預けて茶屋へ向かって駆け出すと、従者の瀧は「はぁぁ」と盛大でわざとらしいため息をついた。

「本当……姫さまは姫さまらしくないですよね」
「失礼ね、どういう意味よ!」

 たしかに、普通の姫は一人で馬には乗らないし町はずれの茶屋に寄ることもないのだろう。
 だが馬に乗るのは楽しいしお腹が空けば団子を食べたくなる。それの何がいけないというのだ。

「じゃあ瀧はここで待っていて。私だけでおいしいお団子を食べてくるわ!」
「いっ、行きますっ」

 きびすを返して茶屋へ向かう椿を、瀧はあわてたようすで追いかける。

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posted by 熊野まゆ at 06:40| 双鬼と紅の戯曲《完結》


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