2018年05月06日

双鬼と紅の戯曲 第二章02


 椿は鼻息を荒くしながら茶屋ののれんをくぐった。店内はたいそうにぎわっていた。五つある長椅子の四つには先客がいる。
 長椅子は大人四人ほどが腰掛けられるほどの大きさだった。椿と瀧はその中央に二人で座る。

「やぁ、これはまたべっぴんさんだね。いらっしゃい」

 恰幅のよい店主がさっそく、茶と団子を運んでくる。

「わぁ、おいしそう。いただきまーす」

 団子の串をつまみ、口を大きく開けて頬張る。ほどよく弾力があり、甘さもちょうどよい。

「んん」

 もぐもぐと口を動かしながら団子の味を噛み締めていると、

「――ここ、いいかな?」

 声がしたほうを見上げる。
 思わず、手に持っていた団子を落っことしそうになった。
 心臓をぶち抜かれるというのはこういうことに違いない。
 穏やかにほほえむその人のすべてに、椿は瞬《まばた》きひとつのあいだに魅了された。
 金の髪はまるでそれ自体が光を発しているようにまばゆい。薄茶色の瞳は優しさをたたえていて、穏やかに上がった口の端が極上のほほえみを与えてくれる。
 ドクン、ドクン。見つめている時間が長くなるほど、目が離せなくなるような気がした。
 その人が小首を傾げる。ああ、そういえば――「いいかな」と訊かれたのだった。
 なにが「いい」のかわかりもせずコクコクとうなずくと、男性は「ありがとう」と言って椿のとなりに腰を下ろした。

(ああ、満席だから……)

 男性は椅子の端のほうに座った。もっと近くてもいいのにと思ったが、それはそれで緊張してしまいそうだ。
 恰幅のよい店主が、茶と団子が載った盆を持って男性のところへやってきた。

「おや、白夜さま。またこのようなところにいらして」

 男性は盆を受け取りながらニッと笑う。人懐っこい笑みだ。

「ここの団子がうますぎるから仕方ないんだって」
「――白夜、さま!?」

 突然、口を開いたのは瀧だ。目を剥いて、金髪の男性を凝視している。

「つかぬことをお伺いしますが、もしや……紅国主さまの弟君であらせられますか?」

 男性はほほえんだまま団子を食べたあとで、

「うん、そう。……あらせられる、なんて初めて言われたな。弟君っていうのも。なんだかむずがゆい。もっと気軽に――そうだな、名前で呼んでもらえると助かる」

 困ったように笑う彼の名を、椿は無意識的に呼んだ。

「……白夜さま」

 惚けたようすでつぶやく椿を見て瀧は苦笑する。

「その……こちらは暁国二の姫、椿さまでございます。どうぞ、お見知りおきを」
「ああ、きみが……! ――って、なんで姫さまが団子屋にいるの」

 椿はぎくっとして身を硬くする。瀧は顔を赤らめるばかりでなにも答えない。自国の姫が「団子が食べたい」と言って寄り道している、とはさすがに言いづらいのだろう。

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posted by 熊野まゆ at 06:10| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月11日

双鬼と紅の戯曲 第二章03


 椿は瀧の顔と手もとの団子を交互に見つめる。

「そっ、それは……その、従者の瀧がどうしてもお団子が食べたいと申しまして! 私は付き添いで……っ!」

 そうして椿が引きつった笑みを浮かべると、瀧は赤い顔を思いきりしかめた。
 瀧の視線が痛くて仕方がないが、とてもではないが本当にことは言えない。初対面だというのに、食いしん坊だと思われてしまう。

「そっか。この茶屋の団子はどう? 姫さまのお気に召したかな」
「はい、とても!」

 白夜は「よかった」と言ってまたほほえむ。
 こんなにも素敵な笑顔に出会ったことのは初めてだ。その笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。
 すっかり白夜に見とれる椿の肩を、瀧はそっと小突く。

「姫さま、団子が落ちそうになってますよっ」

 瀧に小声で言われ、椿はあわてて団子の串を持ち直した。そそくさと団子を平らげ、お茶を飲む。

「それで、ふたりはもしかして紅の城へ向かうところ?」

 瀧が「左様でございます」と答える。
 皆が茶と団子を食べ終えたのをちらりと確認したあとで、白夜はふたりに提案する。

「じゃあ案内をかねて一緒に行こうか」

 白夜は懐から小銭を取り出し、「ごちそうさま」と口添えして店主に手渡した。一人分にしては多いような気がする。
 瀧が財布を出すと、店主は

「白夜さまが三人分お支払いになりました」

 と言うではないか。
 椿は白夜を追いかけて茶屋を出ながら彼に礼を述べる。

「白夜さま、ありがとうございます。なんだか申し訳ないです」
「ううん、相席させてもらったし。それに、城まできみたちの馬に乗せてもらおうかと思って。いいかな」
「もちろん!」

 椿は満面の笑みになって、木の幹にくくりつけていた手綱をするするとほどいていく。

「へぇ、姫さまは一人で馬に乗るのか」

 女性の身で、と嫌な顔をされるだろうかと思ったが白夜は笑って言葉を継ぐ。

「あぁ、でも俺が姫さまの馬に乗るのはまずいか。じゃあ……」

 白夜が瀧のほうを見やる。

「いっ、いいえ! よろしければ私の馬にどうぞ」
「――姫さま!?」

 かたわらで馬の準備をしていた瀧が上ずった声を出した。
 椿は「なによ、いけないの!?」と表情だけで瀧に訴えかけて、白夜に向かって「さあどうぞ」と乗馬をうながす。

「じゃあ、遠慮なく」

 白夜は軽やかに跳躍して馬に乗った。長身なので、踏み台がなくとも余裕がある。そんな姿にまた胸がときめく。
 白夜が手を差し向けてくる。その手を取ると、グイッと力強く引き上げられた。

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posted by 熊野まゆ at 07:08| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月12日

双鬼と紅の戯曲 第二章04


 白夜をうしろに乗せて椿は馬を走らせる。

(な、なんだか緊張する……。どうしてかしら)

 毎日のように馬に乗って暁城の周辺を駆け巡っているというのに、なぜだろう。馬に乗りはじめたころのようにどきどきと胸が高鳴って緊張を煽る。

(もしかして、二人乗りをしているから……?)

 うしろに乗せている男性《ひと》のことを意識したとたん、ドクッと大きく心臓が跳ねた。
 密着とまではいかないが、ときおり大きく馬が揺れる。すると背中に彼の体が触れ、そのたびに胸がうるさく鳴るのだ。

(……でも、へんね)

 これまでだって男女問わずうしろに乗せて馬を走らせてきた。体が触れ合うことだってたくさんあった。
 それなのにどうしていまは、こんなにもどきどきとして落ち着かないのだろう。

(考えても仕方ないわ)

 椿は気を取り直して、移りゆく景色に目を向ける。
 田畑ばかりだったが、しだいに家屋や宿屋が多くなってきた。人通りもずいぶんと増えた。

「城への近道を教えようか」
「ひゃっ!?」

 耳もとでいきなり声を出すのはやめてほしい。わき腹のあたりをゾクゾクとしたなにかが走り抜けて、どうにもいたたまれなくなった。

「どうかした?」
「いっ、いいえ……! 道を教えていただけますか」
「じゃあ、手綱を変わるよ。この先は近道だけど上り坂で、少し入り組んでいるんだ」
「は、はい」

 白夜は椿を抱き込むようにして手綱を取る。

(こ、これは……まずいわ)

 心臓はもはや早鐘だ。体をなかば包み込まれているような恰好だ。
 でこぼこの山道は傾斜があるので常に彼と体が触れ合う状態だし、揺れが激しいものだからどれだけふんばっても彼にもたれかかってしまう。
 顔が、熱い。風邪を引いたときのように脈も早い。病気になってしまったのではないかとさえ思う。
 彼の胸が厚くたくましいのがよくわかる。きっと思いきり体をあずけてもびくともしないのだろう。

「ほら、見えてきたよ」

 耳もとに吹き込むようにして紡がれた言葉で、椿は我に返り前を見る。
 いつの間にか紅の城が姿を現していた。

「まぁ……! 立派なお城ですね」
「そう? 暁の城のほうが大きいって聞いたよ」
「ただ広いだけで、これほど美しくはありません」

 入母屋《いりもや》と唐破風《からはふ》を伴った天守閣は荘厳だった。壁は夕陽に染められずとも紅色だ。いただきを飾る黒い瓦とのコントラストがとても美しい。

「お褒めにあずかり光栄です。今度、暁の城にも行ってみたいな」
「ぜひ、お越しくださいませ」

 そうして話をしていても、やはり胸はトクトクと鳴りっぱなしだった。

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posted by 熊野まゆ at 06:42| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月13日

双鬼と紅の戯曲 第二章05



(私……本当に、病気ではないわよね!?)

 しかし熱っぽいのとは違う。くしゃみも鼻水も、咳だって出ない。
 紅の城の美しさに見とれつつも、椿は依然として続く動悸を悩ましく思っていた。そうこうしているあいだに城へ到着する。結局、それまでずっと白夜が馬を操った。なかなか気難しい馬だというのに、素晴らしい手腕だった。
 椿と瀧は客間に通された。茶を運んできた侍女と入れ違いで白夜は出て行く。

「極夜を呼んでくるから、少し待っていてもらえる?」

 それには瀧が「よろしくお願いします」と答える。

(ああ、そうだった……)

 そもそもなぜこの城に来たのかというと、紅の君主に会うためだ。
 城に着いて浮かれていた椿だが、いっきに気が沈んだものの、ほどなくして戻って来た白夜の言葉を聞いてホッとすることになる。

「ごめん、ちょっと取り込み中みたいで」

 白夜は申し訳なさそうな顔をして畳の上に座る。椿の向かいだ。

「きみには、あらかじめ伝えておく。じつは俺の兄には想い人がいるんだ。だから、きみとの結婚は――……」
「それはちょうどいいです!」
「ひっ、姫さまっ!」

 白夜に「えっ?」と訊き返された椿はあわてて両手で口を覆う。瀧はそれ以上なにもしゃべらなかったが、「まったくこの姫は!」と顔に書いてあった。

「あ、いえ……その」

 椿は視線をさまよわせながらコホンと咳払いをする。

(なぁんだ……! 紅の君主も、私と結婚する気なんかないじゃない!)

 口もとがほころぶのをなんとかしてがまんしながら椿は白夜に尋ねる。

「それで、極夜さまの想い人とはどのようなお方なのですか?」
「どのような――か。うーん……」

 白夜は兄の恋する人が幼なじみであることや、侍女をしていることを話してくれた。

「極夜はもうずいぶん前から鈴音のことが好きなんだ。だから、なんとか取り持ってやりたいんだけど……。なかなかうまくいかなくて」
「そうなのですか……。それは、ぜひおふたりに幸せになってもらいたいです」
「きみはそれでいいの?」

 顔をのぞき込まれるようにして訊かれ、どきっとする。
 この胸の鼓動がいったいどういうたぐいのものなのか、説明できない。

「……正直にお話しします。私はまだ結婚なんてしたくありません。婚約を申し入れたのは、城の者たちが勝手にしたこと」
「ああ、そうなんだ」

 ホッとしたようすで白夜は息をついた。

「それにしても、想い合っているのに通じないだなんて、悲しすぎます。なにかきっかけがあれば、きっと……」

 椿はあごに手を当てて、なにげなく瀧のほうを見る。
 それから、他人事のような顔をしてそこにいた瀧を見つめ、ニイッと口の端を上げて「いい考えがある」と言うのだった。

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posted by 熊野まゆ at 06:37| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月18日

双鬼と紅の戯曲 第三章01


 茶会の報せが届いたのは暁の二の姫が紅城に到着して間もなくのことだった。
 てっきり給仕のために呼ばれたのだと思った鈴音は、「めかしこんできて」と白夜に言われて戸惑う。

「椿姫の要望なんだ。きみにも茶会に参加してほしいんだって」

 鈴音は私室の前の廊下にいた。白夜の顔を見上げる。

「それは……なぜでしょうか」
「さぁね? とにかく、着替えてから桜庭《さくらば》へおいで。待ってるから!」
「あ、白夜さま……!」

 彼は「これ以上はなにも訊くな」と言わんばかりに背を向けて足早に去ってしまった。
 鈴音は私室へ戻り、桐箪笥のなかを「ああでもない、こうでもない」と漁った。
 そうして、よそいきの――花の模様が散りばめられた、幾分か袖の長いものを選んで着る。

(茶会だなんて……緊張する)

 給仕ならば慣れているが、茶を飲む側となると初めてなのでいまいち勝手がわからない。
 庭へ出た鈴音は無数の桜が植えてある場所へと急いだ。そこはこの時期によく茶会場として使われる。

(それにしても、どうして暁の二の姫さまは私をお呼びになったんだろう……?)

 顔見知りではないし、接点もまったくない。

(極夜さまのお世話をしているから――とか?)

 二の姫――椿は極夜のことを知りたくて自分を呼び出したのかもしれない。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
 まだ見も知らぬ姫に、嫉妬している。

(だめだめ……。おふたりの幸せを願うと決めたのだから)

 鈴音はぶんぶんと首を大きく横に振り、邪念を振り払う。
 桜庭に着くと、茣蓙《ござ》の上に皆がそろっていた。どうやら白夜が亭主となって茶を点《た》てるようだ。
 白夜のななめ前に極夜がいる。桜の下《もと》にいる極夜の美しいこと。思わず目を奪われる。

「あなたが鈴音さんね? どうぞ、こちらへ」
「は、はい」

 極夜のとなりには暁の二の姫とおぼしき女性がいた。その横には彼女の従者らしき男性が座っている。鈴音は草履を脱ぎ、従者の男性からは少し距離をとって腰を下ろした。
 白夜が茶箱を運び、点前《てまえ》をはじめる。
 鈴音は白夜の点前を眺めるふりをしつつ、その向かいにいる姫を盗み見た。

(椿姫さま、とてもお美しい……)

 これでは、きっと極夜はすぐに彼女を気に入ってしまう。

(――って、それでいいのよ)

 美男美女でお似合いだ。喜ばしいことだ。
 自分自身に必死にそう言い聞かせて、鈴音は秘かにため息をついた。


「き、きみ……かわいいねー。あっちで僕と話さない?」

 茶会が終わるとすぐ、二の姫の従者――瀧に声を掛けられた。鈴音はきょとんとして何度もまばたきをする。

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posted by 熊野まゆ at 06:15| 双鬼と紅の戯曲《完結》


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