2017年11月05日

俺さま幼なじみとの溺愛同居09


 研修を終えた日――週末の夜。弘幸から「夜ご飯はいらない」と連絡を受けた未来は夕食を簡単に済ませて報告書作りに励んでいた。
 自室にはテーブルがないので、リビングのローテーブルの上にノートパソコンを置いて研修内容をまとめた。

「ふー……」

 報告書の最後に「以上」という文字を打ち込み、ファイルを保存する。ふと時計を見ると、ちょうど夜の12時をまわったところだった。
 ガチャッ、という金属音が何なのか、未来はもう知っている。

(あ、ヒロくんが帰ってきた)

 未来はノートパソコンの電源を切って立ち上がる。リビングのドアが開くなり、

「おかえりなさい」

 と言って弘幸を迎えた。

「……ただいま」

 彼の声が少しかれているのはお酒のせいだろうか。弘幸は飲んできたらしく、彼が近づくと酒の匂いが濃くなった。

「お水かなにか飲――」

 すべて言い終わる前に目の前がぐるりとまわった。

「……っ!? ヒロくん、大丈夫!?」

 ――酒のせいでふらついて、それで私を巻き込んでソファに倒れてしまったのだと思った。
 弘幸は未来に覆いかぶさり、彼女の肩に顔をうずめて動かない。
 ソファに押し倒されてしまった未来は何とか起き上がろうとしたが、彼の体に阻まれて少しも身動きがとれなかった。

「……ヒロくん?」

 眠ってしまったのだろうか。そうだとしたら、なおさらここから抜け出さなくては。そして部屋から毛布を持ってくる。こんなところでスーツのまま寝ていたら風邪をひく。

「ねえ、ヒロくんってば」

 もしくは何とかして起こして自室へ行ってもらおう。やはりベッドで眠るのがいちばんだ。両手で彼の肩をつかみ、揺さぶってみる。

「んん……」
「――っ!」

 耳もとでそんな低い声を出さないで欲しい。くすぐったくてたまらない。脇腹のあたりがむずむずしてくる。
 大きな手のひらがペタッと頬に張り付く。弘幸は未来の顔がどこにあるのか手探りしているようだった。熱い大きな手のひらに、無理やり彼のほうを向かされる。

「……未来」

 視線が合った瞬間、名前を呼ばれた。つやっぽい表情で見つめられ、心臓がドクンと大きく跳ねる。

「あ、あの……ちゃんと部屋で寝ないと、風邪ひいちゃ――」

 またしても最後まで言えなかった。熱のこもった柔らかな唇を押し付けられ、言葉どころか呼吸もままならなくなる。

「ん、う……っ!」

 キスをするのはこれが初めてだった。二十二年間だれとも、こんなふうに唇を合わせたことなんてなかった。

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2017年11月04日

俺さま幼なじみとの溺愛同居08


 入社式までは毎日が過ぎるのが遅く感じた。しかし入社式を終えて新人研修が始まると、毎日が飛ぶように過ぎていった。
 研修の最終日。夕刻、カンファレンスルームを出たときだった。

「時任さん!」

 だれかにうしろから呼び掛けられた未来は足を止めて振り返った。

「あ……ええと」

 研修のあいだずっと席がとなりだった男性だ。初日に全員が自己紹介したものの、彼の名前は思い出せなかった。

「ねえ、このあとひま? 飲みに行かない?」
「え――」

 周囲に勧められるまま女子校、女子大へと進学してきた未来だ。男性からのこういう誘いにはまったくもって慣れていない。

(どうしよう。よく知らないひとと飲みに行くのは気が引ける)

 未来はうつむいたまま視線をさまよわせる。

「今日は、ちょっと」
「え、なにかあるの? 少しでもいいからさ。いい店知ってるんだ」

 じり、と彼が近づいてきた。未来は肩をすくませる。

「――新入社員はこのあと自宅に戻って報告書を作成、じゃなかったか?」

 身の毛もよだつ、というのはこういうことだろうか。その低い声がだれのものなのか、未来はすぐにはわからなかった。

「新人はさっさと家に帰れ」

 弘幸は未来と男のあいだに立ってふたりをそれぞれ見下ろした。にらまれているわけではない。しかし、長身の彼がそうして見下ろすだけですさまじい威圧感だった。

「は、はい」

 声を掛けてきた男性はそそくさと立ち去り、すぐに姿が見えなくなった。
 未来はおそるおそる弘幸を見上げる。あいかわらず機嫌が悪そうだった。

「わ、私も早く帰って報告書を……」

 こんなところで油を売ってるんじゃない、と咎められるだろうかとビクビクしながらハンドバッグを握りなおす。

「おまえ、もうちょっとしっかりしたほうがいいんじゃないの。ああいうのはハッキリ断らないとダメだ」

 デコピンされた。ちょっと痛い。未来は額を押さえながら、口をあまり開かずに言う。

「そう――ですね。助けてくださってありがとうございます、佐伯主任」

 弘幸が首から下げているネームプレートに書かれた彼の肩書きをそのまま読み上げると、弘幸は「え」と声を出して目を丸くした。

「ん、うん……まあ、わかればいい。じゃあな」

 ぶんっと一回だけ大きく、荒っぽく手を振り、彼がきびすを返す。

(……どうしたんだろ?)

 未来は首を傾げた。耳まで真っ赤になっている弘幸を、頭に疑問符を浮かべたまま見送る。

(さて、帰って報告書を作って……それからご飯も作らなくちゃ)

 ――弘幸は、何時に帰ってくるだろう。

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2017年11月03日

俺さま幼なじみとの溺愛同居07


「お、うまそうなのあるじゃん」
「たくさん作ってるから、よかったら食べていって」
「ああ、そうする」

 未来は大皿に盛り付けていたサンドイッチをダイニングテーブルへと運ぶ。

「飲み物は何にする?」
「んー……コーヒーかな。そんなに時間があるわけじゃないから、インスタントでいい」

 未来は「わかった」と返事をしてインスタントコーヒーを準備する。なにがどこに置いてあるのか、昨日彼から説明を受けたのでわかる。

「おまえも食べたら?」
「うん」

 小皿とコーヒーをトレイに載せてダイニングテーブルに置く。そのあと自分のぶんのコーヒーも淹れた。砂糖とミルクがたっぷり入っている。
 ダイニングテーブルで向かい合ったふたりは同時に「いただきます」と挨拶をして食べ始めた。

「おまえ、こういうのも上手なんだな」
「あ、ありがとう」

 彼にはあまり褒められることがないので照れてしまう。未来は手に持っているサンドイッチに視線を据えて黙々と食べ進めた。

「あー……いいな、こういうの」
「こういうのって?」

 尋ね返すと、弘幸はぎくりとしたようすで「あ、いや」と口ごもった。

(どうしたんだろ? 何だかようすがへん)

 いつも余裕たっぷりで、あまりうろたえることのない彼だ。いったいなにに焦っているのだろう。

「その……家で、だれかと食べるっていうのが。いいなぁって」
「そうだね――って言っても、私はずっとだれかと一緒にしか食べたことないからわからないけど。一人暮らしってやっぱり寂しいものなの?」
「……そう、だな」

 不意に見つめられ、その視線の意味がわからなくて未来は首を傾げる。

「……ごちそうさま。さてと……俺は会社に戻るけど、今度こそ戸締まりしておけよ。……いや、俺が出て行くときは自分で鍵掛けることにする」
「はは、ごめん……。ええと、行ってらっしゃい」

 今朝と同じように彼を見送る。玄関まで見送りに出たというのに、弘幸は先ほど言っていたとおり外から鍵を締めた。
 未来はパタパタと音を立ててリビングへ戻る。ついさっきまで彼が座っていた椅子をちらりと見たあと、空のコーヒーカップをキッチンへ運んだ。
 残り数個のサンドイッチを仕上げて冷蔵庫の中におさめ、後片付けをする。それからダイニングテーブルの前の椅子に腰を下ろして部屋をぐるりと見まわた。

(あ、ほんと……一人だと、寂しい)

 彼がいないというだけで部屋の中が閑散とする。

(夜……遅いのかな)

 未来は窓の外を見やった。さっきまで太陽がのぞいていたのに、いまは厚い雲に隠れている。
 ――早く、帰ってきて欲しい。

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2017年10月30日

俺さま幼なじみとの溺愛同居06


 パタン、と玄関の鉄扉が閉まる。

(うぅぅ〜っ、何であんなにカッコイイの!)

 未来は両頬を押さえて足をじたばたと動かした。
 これがスーツ萌えというやつだろうか。ストライプのジャケットにダークグレーのネクタイを締めた弘幸はふだんの三割増でかっこよく見えた。彼は見た目だけは本当にいい。
 しばし惚けていた未来だが、頬に添えていた手を肌から離してパン、パンッと自分自身に気合いを入れてから朝食の後片付けをした。


 食事の後片付けを終えた未来は掃除、洗濯と順調にこなし、休憩がてらソファに座ってココアを飲んでいた。

(入社式まで暇だなぁ……)

 まだお昼の12時すらまわっていない。

(ちょっと早いけど、お昼ごはんを作ろう)

 ココアを飲み干した未来はサッと立ち上がり、エプロンをつけて台所に立つ。献立はサンドイッチだ。多めに作っておいて、おやつにしよう。
 鼻歌まじりに気分よくパンにバターを塗り込めているときだった。
 ガチャッ、というのが何の音なのか、未来はまだ聞き慣れていない。

「――!?」

 突如、響いた物音に未来は縮み上がる。

(そういえば私……戸締まりしたっけ!?)

 弘幸にあれほど注意されたのに、玄関の鍵を締め忘れたような気がする。

(だれ、か……入ってきた!?)

 リビングのガラス扉の向こうに人影が映った。弘幸はこの時間、まだ会社のはずだ。

(ど、どっ、どろぼう!!?)

 未来は手近にあった包丁を構えた。物騒なものを持っていれば泥棒は逃げ帰るかもしれない。

(ううん、逆に挑発することになったりして……。っていうか、どろぼうも刃物を持ってるかも!)

 そう思い至ると、足がすくんで一切動けなくなった。摺りガラスの扉が開くのを、ただ見ているしかない。

「……玄関の鍵、掛かってなかったぞ」

 現れたのは仏頂面の弘幸だった。ジャケットを肘に掛けて、不機嫌そうに歩み寄ってくる。

「あ、え……? ヒロくん、会社は?」
「いま昼休みだ。ここから会社まで徒歩三分だからな。それより、玄関の鍵だ。気をつけろって言っただろ」
「はい……。ごめんなさい」

 未来は下を向いて、サンドイッチ作りを再開してから控えめに尋ねる。

「それで、どうしたの? 忘れもの?」
「ん、まあ……そんなとこ」

 ジャケットをダイニングの椅子の背に掛け、弘幸はキッチンカウンターに並べられたサンドイッチを眺める。

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2017年10月29日

俺さま幼なじみとの溺愛同居05



(ヒロくんってなにを考えてるのか、いまいちつかみづらいんだよね)

 朝食を作り終えた未来は広いダイニングテーブルに出来立てのご飯や味噌汁、鯖の塩焼きを並べていった。

「お、ちゃんとできてるな」

 ダイニングに入ってくるなり弘幸は顔をほころばせ、さっそく席につく。未来が朝食を作っているあいだに身だしなみを整えてきたらしい。ついさっきまでぴょこんとハネていた前髪がいまは落ち着いている。
 弘幸は薄い水色のワイシャツを腕まくりして両手を合わせた。

「いただきます」

 彼はそういう挨拶を絶対に欠かさない。ぶっきらぼうに見えて、そういうところはきちんとしている。未来も彼にならって合掌して、「いただきます」と言って箸を取った。

(味付け……大丈夫かな)

 濃すぎず薄すぎずの加減になっているはずだが、何度も味見をしたせいで最後のほうはよくわからなくなってしまった。
 弘幸が味噌汁をすする。未来はそれをちらりと盗み見る。

「――ん、うまい」

 不安げだった未来の表情がいっきに晴れる。

「お口に合ってよかったです」

 安心した未来がふわりと笑う。弘幸は味噌汁の椀を手に持ったまましばし固まっていた。みるみるうちに彼の?が赤くなっていく。

「どうしたの?」
「や、べつに」

 ダイニングテーブルの端から端へと視線を走らせて、弘幸はふたたび味噌汁をすする。そのあとはどこか急いだようすで朝ごはんを食べ進め、口早に「ごちそうさま」と言った。



「出かけるときと家に帰ってきたときは必ず戸締まりするように」

 ネクタイの首もとを正したあと、弘幸は玄関扉に手を掛けた。未来は返事もせずにひたすら彼を見つめていた。

「……おい、聞いてんのか」
「きっ、聞いてるよ。戸締まりだよね、ちゃんとする。泥棒が入ったら大変だもんね」
「そっ――」

 なにか言いかけたようだった。弘幸は口もとを押さえてうつむく。

「……インターホンが鳴っても出なくていいから。たいていセールスだ」
「うん……」

 未来は彼から目が離せない。彼の言葉には上の空だ。

「……なに?」

 けげんな顔で問われ、未来はあわてて両手を前へ持ってきて左右に動かす。

「や、べつに」

 先ほど弘幸もこれとまったく同じ台詞を言っていたような気がする。弘幸は眉間のシワを深くして「へんなやつ」とつぶやく。

「行ってらっしゃい」
「ん、行ってくる」


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