2018年05月20日

双鬼と紅の戯曲 第三章03


 心に秘めていたはずの想いをふたりに知られているのが恥ずかしいけれど、いまは彼らの言うことを素直に聞くべきだ。
 鈴音は大きくうなずいて歩き出す。だんだんと歩く速さが増す。でなければ彼を見失ってしまう。
 薄桃色の花が風に舞うなか、鈴音は極夜を追ってひた走った。

「――極夜さま!」

 久しぶりにこんな大声を出した。
 呼び止められた極夜が振り返る。戸惑っているような顔をしていた。
 鈴音は極夜のすぐそばまで行って、息を整えた。
 桜の花びらが強風に煽られてひらひらと舞う。
 想いを告げたら迷惑になるだとか、応えてもらえないだとか――そんなことはもう気にしない。
 ただ、伝えたい。秘めることのできないこの想いを。

「極夜さまのことが好きです。ずっとずっと……子どものときから、もう何年も……好きなんです!」

 呼吸が乱れているのは走ったせいか、あるいは気が高揚しているせいか。
 自分自身の息遣いをうっとうしく感じながらも鈴音は言葉を足そうとした。
 彼のなにが好きなのかを、伝えるために。
 しかしそれは叶わない。
 唇を、塞がれてしまったから。

「んっ……!?」

 息をするのを忘れてしまいそうになった。いや、一瞬息が止まっていたと思う。
 極夜は鈴音の唇を貪るように荒々しく何度も食んだ。そっと唇を離し、瞳を見つめたあとで鈴音の肩に顔をうずめてつぶやく。

「――俺もだ」

 それは、とても短い肯定の言葉。
 けれどそれでじゅうぶんだった。
 想いが伝わった。気持ちを返してくれた。
 瞳から涙が噴き出す。とめどなくあふれてくる。嬉し涙だ。

「好き、です……極夜さま……好き、大好き」

 彼の背に腕をまわしてぎゅうっと抱きつくと、それ以上の力で抱きしめ返してくれた。
 ああ、これは夢なのではないか。幸せすぎて、ほかのことがなにも考えられない。
 鈴音はうっとりと極夜の顔を見つめる。
 やがて極夜が歩き出した。夢見心地のまま手を引かれ、庭を抜けて離れの間に連れて行かれる。切妻屋根の、こぢんまりとした建物だ。
 彼と手をつないで歩くのは子どものとき以来だった。建物のなかへ入るとつないだ手が離れてしまったので少し寂しかった。

(どうしてここにいらしたんだろう?)

 桜庭ではなくこの離れの間にやって来た理由がわかならい。極夜はなにも言わない。
 六畳ほどの部屋にふたりして入る。

「……鈴音」

 ふすまを閉めるなりうしろから抱きすくめられた。
 極夜は鈴音に頬ずりをしてから耳もとでささやく。

「くちづけだけでは足りない」

 生温かい舌が耳たぶをねぶり、柔らかな唇が耳の厚くなっている部分を甘噛みしてくる。

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posted by 熊野まゆ at 05:46| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月19日

双鬼と紅の戯曲 第三章02



「さ、行こう」
「え? あ、あの」

 手首をつかまれ強引に立たされる。瀧は苦笑いを浮かべながらも鈴音の手を引いて桜の庭を歩いた。
 ひときわ大きな桜の木の前までくると、瀧は両手を胸の前に合わせて「申し訳ございません」と謝ったあとで鈴音に耳打ちする。

「じつは、姫さまから言いつけられておりまして……。あなたに言い寄るふりをして極夜さまを煽れ、と」
「ええっ!?」

 ふたりはごく近い距離で内緒話をする。

「どういうことですか?」
「姫さまはまだ結婚する気はないのです。それに、どうやら弟君――白夜さまをお気に召されたようで」
「そう、なのですか……」

 しかしまだ安心はできない。極夜が椿を気に入って、強引に結婚を進めてしまう可能性もある。

(だ、だからっ……! 私ったらどうしてこうなの)

 結局のところ、極夜にほかの女性と結婚してほしくないと思っている。それが、正直な気持ちなのだ。
 自分の心の狭さに愕然としていると、急に体をうしろへ引っ張られた。

「――っ、極夜さま!?」

 いつの間にそこへ来ていたのか、極夜に体を抱き込まれる恰好になっていた。
 向かいにいた瀧の顔が青ざめた。極夜はよほど恐ろしい形相をしていたのだろう。

「どど、どうぞ鈴音さんとごゆっくり! 僕の話は終わりましたから!」

 瀧はそう言い捨てて、逃げるように去っていった。

「……あの男となにを話していた?」

 低くかすれた声だった。怒気を含んでいるのがわかる。

「あの方は……椿姫さまに言われたそうなのです。私を連れ出して……その……極夜さまを煽れ――と」

 そう言ったあとで鈴音は彼のほうを振り返った。

(でも、煽るって……どういうこと?)

 鈴音は首を傾げて極夜を見上げる。すると極夜の頬がみるみるうちに赤くなっていった。

「――きゃっ!」

 甲高い声とともに、向かいの桜の木から椿姫が踊り出る。そのあとを追って白夜も姿を現し、転びそうになっていた椿の腕と腰をつかんで支えた。

「椿姫さま、それに白夜さまも……!?」

 そこでいったいなにをしていたのだろう。

「いやぁ……はは。ふたりのようすが気になっちゃって――って、ちょっと極夜!」

 極夜はきびすを返して歩き出してしまった。

「ああ、あれは……アレだね。恥ずかしくて逃げたね」

 白夜は続けて言う。

「ほら、鈴音。追いかけて!」

 鈴音はわけがわからず目を見張る。

「好きなんでしょ、極夜のこと。だったら追いかけるんだ」
「鈴音さん、頑張って!」

 今日はじめて会ったばかりの椿にまで応援されてしまった。

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posted by 熊野まゆ at 05:05| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月18日

双鬼と紅の戯曲 第三章01


 茶会の報せが届いたのは暁の二の姫が紅城に到着して間もなくのことだった。
 てっきり給仕のために呼ばれたのだと思った鈴音は、「めかしこんできて」と白夜に言われて戸惑う。

「椿姫の要望なんだ。きみにも茶会に参加してほしいんだって」

 鈴音は私室の前の廊下にいた。白夜の顔を見上げる。

「それは……なぜでしょうか」
「さぁね? とにかく、着替えてから桜庭《さくらば》へおいで。待ってるから!」
「あ、白夜さま……!」

 彼は「これ以上はなにも訊くな」と言わんばかりに背を向けて足早に去ってしまった。
 鈴音は私室へ戻り、桐箪笥のなかを「ああでもない、こうでもない」と漁った。
 そうして、よそいきの――花の模様が散りばめられた、幾分か袖の長いものを選んで着る。

(茶会だなんて……緊張する)

 給仕ならば慣れているが、茶を飲む側となると初めてなのでいまいち勝手がわからない。
 庭へ出た鈴音は無数の桜が植えてある場所へと急いだ。そこはこの時期によく茶会場として使われる。

(それにしても、どうして暁の二の姫さまは私をお呼びになったんだろう……?)

 顔見知りではないし、接点もまったくない。

(極夜さまのお世話をしているから――とか?)

 二の姫――椿は極夜のことを知りたくて自分を呼び出したのかもしれない。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
 まだ見も知らぬ姫に、嫉妬している。

(だめだめ……。おふたりの幸せを願うと決めたのだから)

 鈴音はぶんぶんと首を大きく横に振り、邪念を振り払う。
 桜庭に着くと、茣蓙《ござ》の上に皆がそろっていた。どうやら白夜が亭主となって茶を点《た》てるようだ。
 白夜のななめ前に極夜がいる。桜の下《もと》にいる極夜の美しいこと。思わず目を奪われる。

「あなたが鈴音さんね? どうぞ、こちらへ」
「は、はい」

 極夜のとなりには暁の二の姫とおぼしき女性がいた。その横には彼女の従者らしき男性が座っている。鈴音は草履を脱ぎ、従者の男性からは少し距離をとって腰を下ろした。
 白夜が茶箱を運び、点前《てまえ》をはじめる。
 鈴音は白夜の点前を眺めるふりをしつつ、その向かいにいる姫を盗み見た。

(椿姫さま、とてもお美しい……)

 これでは、きっと極夜はすぐに彼女を気に入ってしまう。

(――って、それでいいのよ)

 美男美女でお似合いだ。喜ばしいことだ。
 自分自身に必死にそう言い聞かせて、鈴音は秘かにため息をついた。


「き、きみ……かわいいねー。あっちで僕と話さない?」

 茶会が終わるとすぐ、二の姫の従者――瀧に声を掛けられた。鈴音はきょとんとして何度もまばたきをする。

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posted by 熊野まゆ at 06:15| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月13日

双鬼と紅の戯曲 第二章05



(私……本当に、病気ではないわよね!?)

 しかし熱っぽいのとは違う。くしゃみも鼻水も、咳だって出ない。
 紅の城の美しさに見とれつつも、椿は依然として続く動悸を悩ましく思っていた。そうこうしているあいだに城へ到着する。結局、それまでずっと白夜が馬を操った。なかなか気難しい馬だというのに、素晴らしい手腕だった。
 椿と瀧は客間に通された。茶を運んできた侍女と入れ違いで白夜は出て行く。

「極夜を呼んでくるから、少し待っていてもらえる?」

 それには瀧が「よろしくお願いします」と答える。

(ああ、そうだった……)

 そもそもなぜこの城に来たのかというと、紅の君主に会うためだ。
 城に着いて浮かれていた椿だが、いっきに気が沈んだものの、ほどなくして戻って来た白夜の言葉を聞いてホッとすることになる。

「ごめん、ちょっと取り込み中みたいで」

 白夜は申し訳なさそうな顔をして畳の上に座る。椿の向かいだ。

「きみには、あらかじめ伝えておく。じつは俺の兄には想い人がいるんだ。だから、きみとの結婚は――……」
「それはちょうどいいです!」
「ひっ、姫さまっ!」

 白夜に「えっ?」と訊き返された椿はあわてて両手で口を覆う。瀧はそれ以上なにもしゃべらなかったが、「まったくこの姫は!」と顔に書いてあった。

「あ、いえ……その」

 椿は視線をさまよわせながらコホンと咳払いをする。

(なぁんだ……! 紅の君主も、私と結婚する気なんかないじゃない!)

 口もとがほころぶのをなんとかしてがまんしながら椿は白夜に尋ねる。

「それで、極夜さまの想い人とはどのようなお方なのですか?」
「どのような――か。うーん……」

 白夜は兄の恋する人が幼なじみであることや、侍女をしていることを話してくれた。

「極夜はもうずいぶん前から鈴音のことが好きなんだ。だから、なんとか取り持ってやりたいんだけど……。なかなかうまくいかなくて」
「そうなのですか……。それは、ぜひおふたりに幸せになってもらいたいです」
「きみはそれでいいの?」

 顔をのぞき込まれるようにして訊かれ、どきっとする。
 この胸の鼓動がいったいどういうたぐいのものなのか、説明できない。

「……正直にお話しします。私はまだ結婚なんてしたくありません。婚約を申し入れたのは、城の者たちが勝手にしたこと」
「ああ、そうなんだ」

 ホッとしたようすで白夜は息をついた。

「それにしても、想い合っているのに通じないだなんて、悲しすぎます。なにかきっかけがあれば、きっと……」

 椿はあごに手を当てて、なにげなく瀧のほうを見る。
 それから、他人事のような顔をしてそこにいた瀧を見つめ、ニイッと口の端を上げて「いい考えがある」と言うのだった。

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posted by 熊野まゆ at 06:37| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月12日

双鬼と紅の戯曲 第二章04


 白夜をうしろに乗せて椿は馬を走らせる。

(な、なんだか緊張する……。どうしてかしら)

 毎日のように馬に乗って暁城の周辺を駆け巡っているというのに、なぜだろう。馬に乗りはじめたころのようにどきどきと胸が高鳴って緊張を煽る。

(もしかして、二人乗りをしているから……?)

 うしろに乗せている男性《ひと》のことを意識したとたん、ドクッと大きく心臓が跳ねた。
 密着とまではいかないが、ときおり大きく馬が揺れる。すると背中に彼の体が触れ、そのたびに胸がうるさく鳴るのだ。

(……でも、へんね)

 これまでだって男女問わずうしろに乗せて馬を走らせてきた。体が触れ合うことだってたくさんあった。
 それなのにどうしていまは、こんなにもどきどきとして落ち着かないのだろう。

(考えても仕方ないわ)

 椿は気を取り直して、移りゆく景色に目を向ける。
 田畑ばかりだったが、しだいに家屋や宿屋が多くなってきた。人通りもずいぶんと増えた。

「城への近道を教えようか」
「ひゃっ!?」

 耳もとでいきなり声を出すのはやめてほしい。わき腹のあたりをゾクゾクとしたなにかが走り抜けて、どうにもいたたまれなくなった。

「どうかした?」
「いっ、いいえ……! 道を教えていただけますか」
「じゃあ、手綱を変わるよ。この先は近道だけど上り坂で、少し入り組んでいるんだ」
「は、はい」

 白夜は椿を抱き込むようにして手綱を取る。

(こ、これは……まずいわ)

 心臓はもはや早鐘だ。体をなかば包み込まれているような恰好だ。
 でこぼこの山道は傾斜があるので常に彼と体が触れ合う状態だし、揺れが激しいものだからどれだけふんばっても彼にもたれかかってしまう。
 顔が、熱い。風邪を引いたときのように脈も早い。病気になってしまったのではないかとさえ思う。
 彼の胸が厚くたくましいのがよくわかる。きっと思いきり体をあずけてもびくともしないのだろう。

「ほら、見えてきたよ」

 耳もとに吹き込むようにして紡がれた言葉で、椿は我に返り前を見る。
 いつの間にか紅の城が姿を現していた。

「まぁ……! 立派なお城ですね」
「そう? 暁の城のほうが大きいって聞いたよ」
「ただ広いだけで、これほど美しくはありません」

 入母屋《いりもや》と唐破風《からはふ》を伴った天守閣は荘厳だった。壁は夕陽に染められずとも紅色だ。いただきを飾る黒い瓦とのコントラストがとても美しい。

「お褒めにあずかり光栄です。今度、暁の城にも行ってみたいな」
「ぜひ、お越しくださいませ」

 そうして話をしていても、やはり胸はトクトクと鳴りっぱなしだった。

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posted by 熊野まゆ at 06:42| 双鬼と紅の戯曲《完結》


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