2018年05月11日

双鬼と紅の戯曲 第二章03


 椿は瀧の顔と手もとの団子を交互に見つめる。

「そっ、それは……その、従者の瀧がどうしてもお団子が食べたいと申しまして! 私は付き添いで……っ!」

 そうして椿が引きつった笑みを浮かべると、瀧は赤い顔を思いきりしかめた。
 瀧の視線が痛くて仕方がないが、とてもではないが本当にことは言えない。初対面だというのに、食いしん坊だと思われてしまう。

「そっか。この茶屋の団子はどう? 姫さまのお気に召したかな」
「はい、とても!」

 白夜は「よかった」と言ってまたほほえむ。
 こんなにも素敵な笑顔に出会ったことのは初めてだ。その笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。
 すっかり白夜に見とれる椿の肩を、瀧はそっと小突く。

「姫さま、団子が落ちそうになってますよっ」

 瀧に小声で言われ、椿はあわてて団子の串を持ち直した。そそくさと団子を平らげ、お茶を飲む。

「それで、ふたりはもしかして紅の城へ向かうところ?」

 瀧が「左様でございます」と答える。
 皆が茶と団子を食べ終えたのをちらりと確認したあとで、白夜はふたりに提案する。

「じゃあ案内をかねて一緒に行こうか」

 白夜は懐から小銭を取り出し、「ごちそうさま」と口添えして店主に手渡した。一人分にしては多いような気がする。
 瀧が財布を出すと、店主は

「白夜さまが三人分お支払いになりました」

 と言うではないか。
 椿は白夜を追いかけて茶屋を出ながら彼に礼を述べる。

「白夜さま、ありがとうございます。なんだか申し訳ないです」
「ううん、相席させてもらったし。それに、城まできみたちの馬に乗せてもらおうかと思って。いいかな」
「もちろん!」

 椿は満面の笑みになって、木の幹にくくりつけていた手綱をするするとほどいていく。

「へぇ、姫さまは一人で馬に乗るのか」

 女性の身で、と嫌な顔をされるだろうかと思ったが白夜は笑って言葉を継ぐ。

「あぁ、でも俺が姫さまの馬に乗るのはまずいか。じゃあ……」

 白夜が瀧のほうを見やる。

「いっ、いいえ! よろしければ私の馬にどうぞ」
「――姫さま!?」

 かたわらで馬の準備をしていた瀧が上ずった声を出した。
 椿は「なによ、いけないの!?」と表情だけで瀧に訴えかけて、白夜に向かって「さあどうぞ」と乗馬をうながす。

「じゃあ、遠慮なく」

 白夜は軽やかに跳躍して馬に乗った。長身なので、踏み台がなくとも余裕がある。そんな姿にまた胸がときめく。
 白夜が手を差し向けてくる。その手を取ると、グイッと力強く引き上げられた。

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posted by 熊野まゆ at 07:08| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月06日

双鬼と紅の戯曲 第二章02


 椿は鼻息を荒くしながら茶屋ののれんをくぐった。店内はたいそうにぎわっていた。五つある長椅子の四つには先客がいる。
 長椅子は大人四人ほどが腰掛けられるほどの大きさだった。椿と瀧はその中央に二人で座る。

「やぁ、これはまたべっぴんさんだね。いらっしゃい」

 恰幅のよい店主がさっそく、茶と団子を運んでくる。

「わぁ、おいしそう。いただきまーす」

 団子の串をつまみ、口を大きく開けて頬張る。ほどよく弾力があり、甘さもちょうどよい。

「んん」

 もぐもぐと口を動かしながら団子の味を噛み締めていると、

「――ここ、いいかな?」

 声がしたほうを見上げる。
 思わず、手に持っていた団子を落っことしそうになった。
 心臓をぶち抜かれるというのはこういうことに違いない。
 穏やかにほほえむその人のすべてに、椿は瞬《まばた》きひとつのあいだに魅了された。
 金の髪はまるでそれ自体が光を発しているようにまばゆい。薄茶色の瞳は優しさをたたえていて、穏やかに上がった口の端が極上のほほえみを与えてくれる。
 ドクン、ドクン。見つめている時間が長くなるほど、目が離せなくなるような気がした。
 その人が小首を傾げる。ああ、そういえば――「いいかな」と訊かれたのだった。
 なにが「いい」のかわかりもせずコクコクとうなずくと、男性は「ありがとう」と言って椿のとなりに腰を下ろした。

(ああ、満席だから……)

 男性は椅子の端のほうに座った。もっと近くてもいいのにと思ったが、それはそれで緊張してしまいそうだ。
 恰幅のよい店主が、茶と団子が載った盆を持って男性のところへやってきた。

「おや、白夜さま。またこのようなところにいらして」

 男性は盆を受け取りながらニッと笑う。人懐っこい笑みだ。

「ここの団子がうますぎるから仕方ないんだって」
「――白夜、さま!?」

 突然、口を開いたのは瀧だ。目を剥いて、金髪の男性を凝視している。

「つかぬことをお伺いしますが、もしや……紅国主さまの弟君であらせられますか?」

 男性はほほえんだまま団子を食べたあとで、

「うん、そう。……あらせられる、なんて初めて言われたな。弟君っていうのも。なんだかむずがゆい。もっと気軽に――そうだな、名前で呼んでもらえると助かる」

 困ったように笑う彼の名を、椿は無意識的に呼んだ。

「……白夜さま」

 惚けたようすでつぶやく椿を見て瀧は苦笑する。

「その……こちらは暁国二の姫、椿さまでございます。どうぞ、お見知りおきを」
「ああ、きみが……! ――って、なんで姫さまが団子屋にいるの」

 椿はぎくっとして身を硬くする。瀧は顔を赤らめるばかりでなにも答えない。自国の姫が「団子が食べたい」と言って寄り道している、とはさすがに言いづらいのだろう。

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posted by 熊野まゆ at 06:10| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月05日

双鬼と紅の戯曲 第二章01


 暁国二の姫、椿《つばき》はむくれ顔で手綱を取っていた。

「素性も知れぬ相手となんて、私は絶対に結婚しないからね!」

 並走する従者に向かって声を張り上げる。従者の瀧《たき》は椿に負けぬ大声で言葉を返す。

「素性は知れていますよ! 紅国の君主です! 案外、一目惚れするかもしれませんよっ」
「――っ、まさか!」

 椿は憤然とそう言って馬をたきつける。
 暁城《あかつきじょう》の古株たちに強く推されて出てきたものの、椿は紅国の君主と結婚する気はなかった。まして、瀧が言うように「一目惚れ」するなど絶対にありえない。

(まぁ、ほかに好きな人がいるわけじゃないけど)

 それでも、城の古狸たちの思惑どおり政略結婚するのは癪《しゃく》だ。

(とにかく、紅の城に行ったという事実があればいいのよ)

 そのあとは「紅の王には気に入られなかった」とでも言って暁の城に戻ればよいのだ。
 椿は「うん、うん」と小さくつぶやきながら天を仰いだ。
 空は雲一つなく、遠くまで限りなく澄んだ青が広がっている。
 馬上で受ける風は爽やかで、暑すぎず寒すぎず、ほどよい気候だ。
 まわりが勝手に決めた婚約相手に会いに行くのは億劫だが、こうして天気のよい日にみずから馬を走らせるのは気分がいい。小旅行と思えば悪くない。
 椿は満面の笑みになって片足で愛馬を優しくまくし立て、スピードを上げる。

「ちょっと、姫様! 速すぎますよっ」
「あなたが遅いのよ!」

 大きく息を吸い込み、長く吐き出しながらぐるりとあたりを見まわす。なにか新しい発見はないかと、心を躍らせながら。

「――あっ、見て! 茶屋があるわ。寄りましょう」
「はぁ!?」

 瓦屋根の小さな建物だ。『茶屋』と大きく書かれたのれんが見える。
 椿は茶屋のすぐそばの木陰で馬をとめた。

「だってお腹が空いたわ。ほら、おいしいお団子ありますって書いてある。お客さんもとても多いわ。きっと本当においしいのよ」

 木の幹に手綱を預けて茶屋へ向かって駆け出すと、従者の瀧は「はぁぁ」と盛大でわざとらしいため息をついた。

「本当……姫さまは姫さまらしくないですよね」
「失礼ね、どういう意味よ!」

 たしかに、普通の姫は一人で馬には乗らないし町はずれの茶屋に寄ることもないのだろう。
 だが馬に乗るのは楽しいしお腹が空けば団子を食べたくなる。それの何がいけないというのだ。

「じゃあ瀧はここで待っていて。私だけでおいしいお団子を食べてくるわ!」
「いっ、行きますっ」

 きびすを返して茶屋へ向かう椿を、瀧はあわてたようすで追いかける。

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posted by 熊野まゆ at 06:40| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年05月04日

双鬼と紅の戯曲 第一章05



(でも、ご結婚なさればきっと、ほかの――伴侶となった女性を吸血なさる)

 この快楽を、彼はほかの女性にも与えるのだ。
 自分のなかですさまじいまでの嫉妬心が燃え上がるのを感じた。はらわたが煮えくり返るというのはいまのような状態に違いない。

(イヤ……極夜さまをひとり占めしたい)

 鈴音はそっと、彼の広い背中に腕をまわす。すると極夜は驚いたように肩を跳ねさせた。
 吸血をやめて顔を上げる。けげんな表情だ。いや、怒っているのだろうか。

(でも、どうして?)

 なぜ彼が怒っているのか、皆目見当がつかない。なにか失礼なことをしただろうか。
 極夜はギリッ、と奥歯を鳴らしてふたたび鈴音の首すじに顔をうずめる。

「ふ、っ……」

 彼の両手が体を撫でまわしている。ゆるんだ着物の背を撫でたあと、前のほうへとやってきて、開いた衿合わせの内側へするりと入り込む。

「……!!?」

 驚きのあまり声が出ない。
 胸を、さわられている。
 鈴音の双乳をわしづかみにした極夜の両手は豊かなふくらみを押しつぶすようにしてぐにゃぐにゃと揉みまわす。

「ん、んんっ……!」

 カァァッ、と羞恥による熱が頬に込み上げる。しかし同時に快感も立ちのぼってきた。そんな――不埒な自分に困惑してしまう。
 極夜はいったん牙を抜き、にじんだ血をぺろりと一舐めした。
 とろけきった顔で「は、はっ」と短く喘ぐ鈴音の顔を凝視する。

「……悦《い》いのか?」
「――っ!!」

 顔が、火を噴きそうなほど熱い。耳まで朱に染まった鈴音の顔から少しも目を逸らさず、極夜は片手で彼女の手首をつかみ、唇を寄せる。
 鈴音の手首にちゅっと口づけたあと、なめらかな柔肌を穢《けが》すように浅く牙を突き立てる。

「……っ、ぅ」

 極夜は鈴音の乳房をあらためてつかみ、揉み込みながら薄桃色の先端を指のあいだに挟む。

「ん、ぁっ……!」

 触れられているのは胸だというのに、どうしてか下半身の奥底がゾクンッとうずく。
 指のあいだに挟まれた乳頭をくにくにと小さく踊らされ、自分でも聞いたことのないような声が漏れ出る。手首からの吸血もあいまって、すさまじいまでの快感が湧き起こる。

「あぁ……んっ、ンンッ!」

 頬を紅潮させ、乱れた着物で高い声を上げる鈴音を目に焼きつけるように極夜は彼女を見つめ続ける。
 その視線にまた快感を煽られる。
 刹那でもいい。
 彼の牙を――あらゆる興味を、独占したい。
 なんて淫らなことを願っているのだろう。
 それでも、彼に触れられたかった。

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posted by 熊野まゆ at 05:34| 双鬼と紅の戯曲《完結》

2018年04月29日

双鬼と紅の戯曲 第一章04


 極夜が結婚するのだと聞いた翌日。
 茶と血の給仕の時間がやってくるのを、二十年間で初めて憂鬱に感じた。
 このふすまを開けるのは気が進まない。けれど、「彼が結婚するからつらい」などという身勝手な理由で侍女の職務を放棄するわけにはいかない。
 鈴音は極夜の部屋の前に座り、「失礼します」と声を上げた。なかからはいつもどおり「ああ」という極夜の言葉が返ってくる。
 ふすまの取っ手に右手を掛けてほんの少し開く。そのあとはふすまの下部に手を当てて右へ押し開く。慣れた動作だというのに、今日はふすまがやけに重く感じる。
 鈴音は極夜の顔を少しも見ることなく茶と菓子を差し出した。部屋の隅で待機する。
 菓子を食べる音、茶を飲む音が聞こえてくる。彼はあいかわらず飲み食いが早い。

「……どうかしたか?」

 よほど浮かない顔をしていたのか、珍しく極夜に話しかけられた。

「あ、ええと、その……」

 鈴音はうつむいたまま視線をさまよわせた。浮かない顔の理由を素直に話すべきだろうか。

(ううん、だめ……。困らせたくない)

 鈴音は大きく息を吸い込む。

「極夜さまはご結婚なさるとお聞きしました。おめでとうございます」

 そうして一息に言ってしまったあとで、目頭が熱くなった。
 お祝いの言葉なんて言いたくなかった。
 結婚なんてして欲しくない。
 ほかのだれかがこの部屋で彼と仲睦まじく過ごすところなんて、見たくない――。
 泣きそうになっているのを知られないように、めいっぱいうつむいて唇を噛み締める。
 だから、彼がすぐそばにきているということに気がつかなかった。
 腕を引かれ、腰を抱かれる。ごく間近で顔を突き合わせる。

「――っ!?」

 彼の麗しい顔をこれほど近くで見るのは初めてだから、瞬く間に緊張してのぼせ上がる。
 極夜はなにか言いかけた。しかし言葉はなく、鈴音が身に着けている若草色の着物の帯を強引に解いてゆるめる。
 あまりにも強くそうされたものだから、着物の衿合わせがはらりと左右に開いた。

「あっ」

 あわてて胸もとを押さえると、首すじに鋭い痛みが走った。極夜が牙を突き立てたのだ。

「んっ……!」

 いつもの吸血よりも格段に荒々しい。肌を舐めて慣らすようなこともなかった。
 それでも、吸血による快楽はふだんと変わらずもたらされる。
 彼に血をすすられると、まるで性感帯を刺激されているような心地になるのだ。
 そのことに気がついたのは五年ほど前だが、性的快感を得ているのだとは知られたくなくてだれにも打ち明けていない。もっとも、極夜はほかの女性を吸血しないので、ほかにはだれも知りえないことだ。

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posted by 熊野まゆ at 05:55| 双鬼と紅の戯曲《完結》


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