2017年04月15日

秘されし、その甘やかな救済 第一章04



「……公爵さまは、ご兄弟はいらっしゃるのですか?」
「いない。だからずっと妹が欲しかったんだ」

 碧い瞳がチラリとこちらを見やる。ラティーシャはなぜかどきりとしてしまった。

「こ、公爵さまは酔っておいでですから、あれですけど……よく知りもしない人間を邸に招き入れて介抱させるのは、いささか危険かと存じます」

 妹が欲しかったから、という理由で邸に引き込まれたのはわかったが、それにしてもあまりに短絡的だ。ラティーシャは暗にそれを咎めた。

「……そうだな。よく知りもしない人間ならば、な」

 公爵はどうしてかクスクスと笑っている。

「な、なぜ笑うんですか?」
「なぜだろうな……。きみと話していると、楽しい」

 公爵は体ごとこちらを向いて、顔をのぞき込んでくる。

「――!?」

 いきなり間近に迫られ、ラティーシャは顔を引きつらせた。

「……一緒にベッドで眠ってもらえないか?」
「はぁっ!?」

 ラティーシャは頓狂な声を出して目を見張る。
「寒くて眠れないんだ……」
 マティアスは大仰に両腕をさすっている。

「お言葉ですが、このお部屋の中はとても暖かいです」

 むしろ暑いくらいだ。ところが、マティアスは悩ましげに額を押さえて言う。

「ああ、めまいがしてきた」
「お医者さまを呼ばれたほうがよいかと」
「いやだ。医者は嫌いだ」

 そう言って口を尖らせるさまはまるで子どもだ。駄々をこねる、大きな子ども。
 マティアスがラティーシャに詰め寄る。

「俺と触れ合うのが嫌なら、きみはシーツにくるまって眠るといい」
「そんな……」

 なぜそこまでして公爵とベッドを共にしなければならないのだ。

「私はもう失礼します。公爵さまはすっかりお元気のごようすですから」

 ベッドから立ち上がるラティーシャの長衣の、今度は裾をつかんでマティアスは待ったをかける。

「行かないでくれ……。寂しくて死んでしまいそうだ」

 ――大の男が。27歳にもなる成人男性が。捨てられかけた動物のように潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「……公爵さまが眠るまでなら」

 ついに折れたのはラティーシャのほうだ。

「ありがとう!」

 パアッと表情を明るくさせたマティアスはいそいそと上着を脱いでベッドに上がり、ラティーシャに向かって手招きをする。

「さあ、おいで。シーツでくるむとしよう」

 承諾したものの、やはり煮え切らない。マティアスは両手いっぱいにシーツを広げている。

「失礼、します……」

 靴を脱いでベッドに上がり込むなりシーツで体をぐるぐる巻きにされ、身動きが取れなくなった。そうは言っても、力を入れれば抜け出せるていどの拘束だ。
 ラティーシャがベッドに横たわる。その反対側にマティアスの顔があった。こちらに気を遣って、ベッドの端のほうにいるのだと思われる。

「早くお休みになってください」

 マティアスはラティーシャの顔をしげしげと見つめていた。眠りそうな気配が微塵もない。

「うん。きみが目を閉じてくれたら、俺も眠るとしよう」

 しぶしぶラティーシャは目を閉じる。

(寝入ってしまわないようにしなくちゃ……。公爵さまが眠ったら、出て行くんだから)

 意識をしっかり保っていなければ。
 しかし、ついまどろんでしまう。神殿での業務は体力勝負だ。ふだんならばもうとっくに寝入っている時間である。

「……おやすみ、ラティーシャ」

 まどろみの中、名前を呼ばれたような気がした。

(わたし……名乗ったかしら……)

 ラティーシャは肩にかすかな一定のリズムを感じながら、深い眠りに落ちていった。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2017年04月14日

秘されし、その甘やかな救済 第一章03



「さあ、俺の部屋はこっちだ」
「やっ、お待ちください。公爵さまはとてもお元気そうに見受けられます。私の介助なんて必要ないですよね」
「元気そうに振舞っているだけで本当はいまにも倒れそうなんだ。さあ、早くこちらへ」

 肩を抱かれそうになり、ラティーシャはザザッと後ずさった。

「……そんなに、俺に触れられるのか嫌か?」
「公爵さまに、というか……男性に触れられるのが、少し」

 本当は『少し』どころではない。異性に触れられるのはとてつもなく嫌だ。

「……そうか。では、これならどうだ?」

 マティアスがラティーシャの袖をつまむ。それは幼な子が母親の袖をつかむような仕草だった。

「えっ……そ、そんな」

 大人が――まして身分のある男性がすることではない。袖をつままれて戸惑うラティーシャをマティアスは自室へ誘う。
 袖の、つままれている部分はわずかだけれども、力強くクイクイと引っ張られては付き従って歩くしかない。

(ああ、どうしてこんなことに……)

 しかしこうなってしまったものは仕方がない。公爵を寝かしつけて早々に立ち去ろう。
 長い長い廊下をひたすら歩く。人の気配はない。いまは本当に使用人がいないようだ。

(……思っていたよりも調度品が少ない)

 絵画や彫刻のたぐいはさほど多くない。夜には使用人を帰してしまうあたり、シュバルツ公爵は倹約家なのかもしれない。

(神殿へたくさん寄付をくださるから……もっとこう、無駄遣いが好きなのかと思ってた)

 寄付金をたんまりともらっておいて失礼な話だが、大多数の貴族はそうだ。売名行為と言ってはさすがに天罰が下るが、実質的にはそういう一面も確かにある。

「――ここだ。入ってくれ」

 袖を引っ張られて到着した公爵の私室はとても簡素だった。無駄なものがない――というか、必要なものしかない。ベッドにソファ、ティーテーブル。家具はそれだけだ。
 マティアスがベッド端に腰掛ける。

「背をさすってもらえないだろうか」

 公爵が視線でうかがってくる。
 男性に触れられるのは嫌だ。だからといって自ら触れることが平気かと聞かれれば、答えは断固として否だ。
 公爵は「うーん」とうなりながら頭をかかえる。何だかわざとらしい。
 ラティーシャはしばしためらったあと、ゆっくりと歩を進めてマティアスのそばに立った。
 おそるおそる片手を伸ばし、彼の背を撫でる。触れるか触れないか、微妙なところだった。

「……それでは、くすぐったいな。もっとこう……しっかりさすってくれ。さあ、俺の隣に腰掛けて」
「なっ……!」

 またしても袖を引っ張られて、なかば強引にベッドに座らされる。

「さあ、続けて」
「………」

 ラティーシャは少しだけ唇を尖らせて、そっと公爵の背に触れる。

(だめ……やっぱり怖い)

 ラティーシャの手は震えていた。

「……きみは兄弟はいるか?」

 唐突に話しかけられた。公爵は前を向いたままだ。ラティーシャは手を止めて答える。

「はい、兄が四人おります」
「へえ、四人も。歳はどれくらい離れている?」
「一番上の兄は27歳ですから……わたしよりも九つ年上です」
「奇遇だな、俺も27だ。それなら話が早い。俺を兄だと思って触れてくれればいい」
「兄……ですか」
「そう。家族だと思って、気軽に」

 ――さっき会ったばかりなのに?
 公爵は兄とは似つかわしくないので、とても家族だとは思えない。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2017年04月09日

秘されし、その甘やかな救済 第一章02


 ラティーシャはしばし逡巡したあと、

「お家はどこですか。お送りいたします」

 そう提言すると、男性はすぐ近くを指さした。彼が示した先にあるのは神殿にも負けず劣らずの広大な建物。

(ここ、は……シュバルツ公爵邸だわ)

 かの公爵は神殿に多大な寄付金をもたらしてくれる。シュバルツ公爵には会ったことはないが、もしやこの男が――?
 ラティーシャはおそるおそる尋ねる。

「……もしかして、マティアス・エルフォード、シュバルツ公爵さまでいらっしゃいますか?」

 うつろだった男性の瞳に光が灯る。

「ああ……。俺のこと、覚えていてくれたのか」

 うっとりとした様子の公爵を尻目にラティーシャは首を傾げた。
 どこかで会ったことがあっただろうか。

(護符の配布のときかしら……? でも、公爵さまならわざわざ配布の列に並ばずとも受け取れるはず)

 寄付金と引き換えに護符を渡してあるはずだ。ラティーシャが頭の中に疑問符を浮かべて記憶の糸をたどっていると、公爵――マティアスは口もとを押さえて気持ち悪そうなそぶりをした。そのことに気がついたラティーシャはおろおろとあわてふためく。

「ここは冷えますし、邸の中へお入りになったほうがいいかと」

 道端で嘔吐されては迷惑だ、とは言わずラティーシャはマティアスを邸の中へうながす。

「ああ、そうだな……」

 マティアスは立ち上がったものの、フラフラして足もとがおぼつかない。
 ラティーシャはマティアスが倒れないようやや距離を取って見守る。

「……肩を貸してくれないか?」
「え……と」

 イヤです、とは言えない。しかし男性には極力触れたくない。

「すぐそばでお見守りいたしますので、ご安心ください」

 ラティーシャがぎこちなくほほえんでそう言うと、マティアスはあからさまに不満そうな顔になった。
 微妙な距離を取りながら何とか公爵邸の玄関までたどり着く。
 マティアスは懐から鍵を取り出した。ラティーシャはギョッとして目を向く。

「あの、邸のかたは……いらっしゃらないのですか?」
「気兼ねなく飲み歩きたいから、夜は使用人をすべて家に帰している。朝には出勤してくる」
「えっ」

 誤算だった。邸の中まで連れてさえ行けば誰かしらいるだろうと思っていたのだ。あとは邸の使用人に任せて自分は帰るつもりでいた。

(い、いやだ……早く帰りたい)

 屋内で男性と二人きりなんてとんでもないことだ。落ち着かない。

「あ、あの……私はこれで――」

 マティアスはラティーシャの言葉をさえぎるように「ヴヴ」とうなって玄関扉を開けた。それからおもむろにこちらを見下ろしてきた。こんなに具合の悪そうな俺を放ってきみは帰るのか、とでも言いたげだ。

「……もうしばらく、付き添ってもらえると助かる」
「は……い。ですが、あまりお役に立てないかと思いますのでやはりどなたかお呼びになったほうがよろしいかと――」
「ヴっ!」

 急にマティアスが口もとを押さえた。

「ど、どうなさいましたっ?」
「だめだ……気持ちが悪い。早く部屋へ行かなければ。きみも来てくれ」
「え……えっ!?」

 マティアスの片手が伸びてくる。ラティーシャは反射的に後ろへ飛び退いたが、そこは邸の中だった。マティアスが素早く中へ入り、内側から鍵を掛ける。

「ちょっ、あのっ!」

 なんだ、元気ではないか。それだけしっかりと行動できるのならば付き添いなど必要ない。

前 へ l 目 次 l 次 へ


2017年04月08日

秘されし、その甘やかな救済 第一章01


 見上げたヴォールト天井は背丈の何倍先にあるか知れない。遠くに見えるその穹窿には萌黄色の蔓薔薇とともに天の使いたちが描かれている。それは、見る者に神の存在を濃く印象づける――。


 ノマーク神国の中枢、ユマノマク神殿の一角で、巫女見習いのラティーシャ・カトラーは巡礼者に護符を授けていた。

「あなたに神のご加護があらんことを」

 彼女がほほえむと、巡礼者は「ほぅっ」と感嘆した。その美しさにはだれもが息をのむ。
 透けるような白い肌はみずみずしく、腰まである銀色のストレートロングヘアは見るからにサラサラでもつれそうにない。瞳は宝玉の翡翠を思わせる鮮やかな緑だ。
 巫女見習いの彼女は装飾のない質素なクリーム色の長衣を着ている。それでも、いたいけな雰囲気を残しながらも女性らしさを兼ね備えたラティーシャは人目を引いた。神殿の華とまで謳われるほどだ。

「――お疲れ様でした」

 護符の配布を終え、神殿内をくまなく掃除したラティーシャは先輩の巫女たち一人一人に挨拶をして帰路についた。
 彼女は見目こそ華美だが仕事には堅実かつ地道で、同僚や先輩への気遣いも怠らない。常に最善を尽くし、真面目にコツコツと物事をこなしていく。

(ああ……早く一人前になりたいわ)

 そんな彼女の目標は、昇格して巫女になることだ。
 ラティーシャには複数の異母兄妹がいる。兄妹がたくさんいることは嫌ではないが、次から次に女性を連れ込む父親に嫌気がさしてラティーシャは実家を飛び出したのだった。

(巫女になれば、神殿の中に住める。俗世ともさよならよ)

 巫女見習いのラティーシャはいまは神殿からほど近い宿舎に寝泊まりしている。神殿へ通うのが面倒だと思ったことはないが、いままで外を歩くとろくな目にあってこなかったラティーシャには、この通い道は毎日が戦々恐々としている。
 ラティーシャは周囲を警戒しながら夜道を歩いていた。

「………」

 ふと立ち止まる。道端に誰かが倒れている。
 それが女性だったならば、ラティーシャは迷わず駆け寄っただろう。
 だが倒れていたのは男性だった。身なりからしてかなり高位の貴族だ。

(……どうしましょう)

 いや、迷っている余地はないのかもしれない。もし心臓発作等の病気ならば、一刻を争う。男性だからという理由で尻込みしてしまうのはいかがなものか。
 ラティーシャは意を決して男性に近づいた。
 貴族がたった一人で道端に倒れているなんて不審きわまりないが、そうも言っていられない。

「あの……どうなさいました?」

 声を掛けると、金髪の男性がわずかに顔を上げた。

「……気分が、優れなくて……休憩していた」

 ――道の真ん中で、うつ伏せに倒れて休憩していたの?
 唖然とするラティーシャを金髪の男性の碧い瞳がとらえる。すると、彼の目がとたんに見開かれた。ラティーシャは後ずさる。

(このひと……お酒くさいわ)

 なんだ、泥酔しているだけか。

(だけど……)

 このまま放置して馬にでも轢かれてしまったら気の毒だ。後味が悪い。

目 次 l 次 へ


2017年04月07日

伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 終章07【完】


 彼はエリスの下半身でもたついていた衣服をすべて拭い去った。生まれたままの姿になったエリスに素早く視線を走らせたあとでジェラルドは彼女の脚を押し広げ、その中央に顔を寄せた。

「すっかりふくらんで赤くなっているな」
「は、んっ……!」

 割れ目の奥に潜んでいた秘玉が熱い吐息になぶられてよけいに充血する。甘やかすつもりなら早くその肉粒に触れてくれればよいものを、ジェラルドはしげしげと観察するばかりで手も舌も出してはくれない。

「せん、せ……」

 か細い声でエリスがねだると、ジェラルドは唇に弧を描いてようやく舌をのぞかせた。しかし花芽には触れず、その両側の溝を舌でたどるだけだ。

「ん……んっ、ぅ」

 エリスは腰を揺らす。その動きが「早く核心に触れて」と代弁している。ジェラルドは眉根を寄せて秘芯を舌で舐め上げた。

「んぁっ……!」

 ひとたび触れられればそこからは怒涛の責めが待っていた。花芽は舌でこれでもかとなぶられ、蜜口は指で浅いところをくすぐられる。体は何の隔ても遠慮もなく彼からの刺激を快感と捉え、その悦楽はあっという間にふくれ上がって爆ぜた。

「は、ぁ――っ」

 瞬く間に達したエリスにジェラルドが視線を投げた。後ろへ撫で付けられていた前髪のひとすじが乱れて額にかかっている。そのさまはひどく妖艶だった。そんな顔でこちらを見上げるのはやめて欲しい。

(恥ずかしいから、隠し持っていたいのに)

 秘めた隘路で燃え盛る情欲と言う名の炎に薪をくべないで。蜜は隠れるどころかとどまるところを知らず際限なくあふれ、彼の口をさらに汚す。

「どんどんあふれてくる。きみの蜜は……甘い。錯覚だとわかっているが、甘くて美味い」

 ジェラルドはいつになく余裕のない表情をしていた。暑いのか、むしり取る勢いで自身のドレスシャツと、それからトラウザーズや下履きも脱ぎ捨てる。
 怒張は高々と天を向いていた。

「俺の名を呼べ。名を呼んで、コレが欲しいと乞うんだ」

 ――ああ、いつもの命令口調だ。これを聞いて安堵している自分は彼が以前言っていたとおりマゾヒズムの気があるのかもしれない。

(私を甘やかすとか言っていたけど)

 こういうふうに命令されるほうがしっくりくるなどとは絶対に言いたくないが、ジェラルドは酔いが覚めてきたのか結局は彼もふだんどおりになってしまっている。やはり、性根はそう容易く直せるものではない、お互いに。

「ふ、ぁ……っ」

 硬直が蜜口のまわりを滑走していく。早く中へ入りたいと訴えかけてくる。エリスもまたそれを迎えたくてたまらなかった。

「ジェラルド……さま」

 いきなり呼び捨てにしては怒られるかもしれないと思って敬称を付け足したのだが、彼はかえって不満そうだった。
 エリスは視線を不自然にさまよわせる。

「……ナカに……くだ、さ……い」

 彼が望む言葉を紡ぎ終わると、ジェラルドはエリスが予想していた嘲笑とは正反対の爽やかな笑みを見せて腰を突き動かした。衝動的とも思える性急な動きだった。

「あ、ぁあっ!」

 純粋に、愛ゆえに求められているのがわかってしまった。先ほどの笑顔は反則だ。なぜあんなにも無邪気に笑うのだ。胸の高鳴りが一向にやまない。血圧も高い。このまま不整脈を起こしてしまったらどうしようかとも思ったが――

「あぁ……狭くて、気持ちがいい。ずっとこうしてつながっていたい。きみがどこかへ行ってしまわないように、つなぎとめておきたい……ッ」

 情欲と独占欲を色濃くむき出しにしていま体をつなげているのはまぎれもなく医者なのだから、安心していい。愛しいからこそ安心してすべてを委ね、同時に彼を咥え込むことができる。たとえそれが、果てしなく肉欲が旺盛なお医者さまだとしても。


FIN.

お読みいただきありがとうございました!

熊野まゆ

にほんブログ村 恋愛小説(愛欲)に投票

前 へ l 目 次


posted by 熊野まゆ at 06:37| 伯爵は肉欲旺盛なお医者さま《完結》


ページトップへ